それは“記憶”じゃない
石が、脈打っていた。
まるで心臓みたいに。
俺の手の中で、ぬくりとした鼓動を刻む。
「――もっと、深くへ行こう」
声が、頭の内側から響く。
さっきより近い。いや、違う。
“中にいる”。
「……気持ち悪いな」
思わず吐き捨てる。
だが、手は離さない。
これが何か、理解できていない。
だからこそ、価値がある。
配信の視聴者数は、今まで見たことのない数字に跳ね上がっていた。
コメント:
「それ絶対やばいやつ!!」
「捨てろって!!」
「いや持って帰れ!!!」
「神回すぎるだろ」
「なんでそんなの触れるんだよ」
俺は笑う。
「触れたからだろ」
軽く言うが、内心は違う。
確実に、何かがおかしい。
【残留思念】とは、明らかに違う。
死者の“断片”じゃない。
これは、“継続している”。
生きているように。
俺は石をポーチに入れた。
その瞬間。
「――暗いな」
声が変わった。
さっきの低い声じゃない。
別の、かすれた声。
まるで、別人。
「……おい」
思わず立ち止まる。
背筋に冷たいものが走る。
コメント欄が一斉にざわつく。
コメント:
「今声変わったよな?」
「複数いる?」
「こいつ何持ってんだよ」
「マジでやばい配信になってきた」
俺はゆっくりと息を吐いた。
そして、床に手をつける。
「……確認する」
【残留思念】を発動。
視界が歪む。
今いる場所の“最後の記憶”が流れ込んでくる。
――男がいる。
震えながら、この部屋に入る。
宝箱を見つける。
開ける。
中には石。
安堵。
その瞬間。
“背後”から何かが来る。
見えない。
だが確実に“いる”。
首を掴まれる。
息ができない。
そして――
『石を……捨てろ……!!』
叫び。
絶叫。
そこで途切れる。
「……なるほどな」
俺は目を開けた。
汗が滲んでいる。
コメント欄が爆発する。
コメント:
「何見た!?」
「また記憶読んだ?」
「なんでそんな落ち着いてんの?」
「お前ほんと人間か?」
俺は肩をすくめる。
「別に。よくあるやつだ」
嘘だ。
“よくある”はずがない。
さっきの記憶。
あの探索者は、“石を開けて死んだ”。
だが俺は、生きている。
つまり。
「条件が違う……?」
俺はポーチを見た。
中の石が、微かに震えている。
まるで、反応しているみたいに。
「――気づいたか」
また声。
今度は、はっきりとした言葉。
俺は無意識に口元が歪む。
「お前、何者だ」
「――案内人だ」
即答だった。
迷いがない。
その言葉に、コメント欄が一瞬静まり返る。
コメント:
「案内人?」
「何それ設定?」
「いや今の普通に会話してたぞ」
「アウトだろこれ」
「通報案件」
俺は笑う。
「案内人、ね。便利そうだな」
「――代償は払え」
低く、囁く。
その瞬間、頭に鈍い痛みが走る。
「っ……!」
一瞬だけ、視界がぶれる。
知らない景色がフラッシュする。
暗い通路。
血まみれの手。
叫び声。
……俺じゃない。
「……これ、他人の記憶か」
理解する。
石は、“流してくる”。
断片的な記憶を。
それも、死者の。
【残留思念】とは違う。
こっちは、制御不能だ。
コメント欄が一気に荒れる。
コメント:
「今なんか様子おかしくなったぞ」
「顔やばい」
「目が死んでる」
「やっぱそれ呪いだって!!」
俺は息を整える。
「……大丈夫だ」
強引に言い聞かせる。
だが、頭の奥で何かが蠢いている。
さっき見た記憶が、残っている。
消えない。
まるで、自分のものみたいに。
「――次は右だ」
声が言う。
俺は無意識に足を動かした。
そして、気づく。
「……今、俺……考えてないな」
自分の意思じゃない。
“誘導されている”。
コメント欄が騒ぐ。
コメント:
「おい止まれ」
「言われた通り動いてるぞこいつ」
「完全に操られてるじゃん」
「いやでも正解引いてるの怖い」
俺は足を止める。
深呼吸。
考えろ。
これは使える。
だが。
「……やりすぎると、終わるな」
確信する。
この石は、便利だ。
ルートも、罠も、全部教えてくる。
だが、その代わりに。
“侵食される”。
人格が混ざる。
境界が曖昧になる。
それでも。
「……使う」
俺は笑った。
コメント欄が爆発する。
コメント:
「やめろって!!」
「完全にイカれてる」
「でも見たい」
「フォローした」
「神配信すぎる」
俺は進む。
石の声に従って。
そして、その先で――
壁が、開いた。
「……隠し通路か」
本来のルートじゃない。
完全に“裏”。
コメント欄が狂ったように流れる。
コメント:
「そんなのあるの!?」
「初見なんだけど」
「こいつマジで何者」
「怖すぎる」
俺は笑った。
「だから言っただろ」
だが、その瞬間。
頭の中で、別の声が響く。
『違う……そっちは……』
残留思念だ。
必死な声。
『戻れ……そこは……』
途切れる。
そして。
「――進め」
石の声が、上書きする。
強制的に。
俺の思考を。
「……どっちだよ」
笑いながら、呟く。
だが、足は止まらない。
進む。
進んでしまう。
その先の闇が、口を開けて待っている。
そして俺は、気づく。
この選択は――
“俺が選んでいない”。
それでも、進んでいる。
最後に、声が重なった。
「――やっと、深くに来たな」
それは。
俺の声と、完全に一致していた。




