まだ死んでない声
――それは、“死んでいないはずの声”だった。
頭の奥で、鮮明に響く。
――やめろ。
――そこに行くな。
――お前が、殺される。
「……誰だ」
思わず呟いた。
今までの声とは違う。
温度がある。
生きている“意志”が混ざっている。
残留思念は死者の記憶だ。
なのに、これは――
「未来……?」
口にした瞬間、吐き気が込み上げた。
コメント:
「今なんて言った?」
「未来?」
「やばい方向いってるぞ」
「設定じゃなくてガチっぽいの怖い」
視界が歪む。
目の前では、まだ斬り合いが続いている。
男と男。
さっきまで仲間だったはずの二人が、互いに殺意を向けている。
血が床に広がる。
ぐちゃ、ぐちゃ、と嫌な音。
なのに俺は、それを“遠く”感じていた。
頭の中の声の方が、ずっと鮮明だ。
――そのままだと、お前が刺される。
――避けろ。
――右じゃない、左だ。
「……っ」
反射的に体を動かす。
次の瞬間。
横から飛んできた剣が、空を切った。
「っ!?」
男の一人が目を見開く。
「なんで避けた!?」
コメント:
「今の見えてた?」
「完全に背後からだったぞ」
「こいつマジでなんなんだ」
俺は息を吐く。
「……聞こえた」
「は?」
男が眉をひそめる。
「死体じゃない声が」
その言葉に、空気が一瞬止まった。
コメント:
「意味わからん」
「死体じゃないって何」
「ガチで壊れてきてる?」
◇
斬り合いはすぐに決着がついた。
一人が、倒れる。
喉を切られ、血を噴き出しながら。
「……は、は……」
もう一人は、息を荒げて立っていた。
勝者。
だがその目は、狂気に染まっている。
「……全部、お前のせいだ」
俺を睨む。
「余計なこと言いやがって……!」
コメント:
「来るぞ」
「これ主人公狙われるやつ」
「逃げろ」
逃げる?
違う。
頭の中の声が、違う選択を指示する。
――動くな。
――そのまま見ろ。
――次が来る。
「……次?」
俺はその場に立ったまま、動かなかった。
男が踏み込む。
剣を振り上げる。
その瞬間。
背後から、音。
ぐちゃ。
振り返る間もなく。
「がっ……!?」
男の胸から、刃が突き出た。
さっき倒れたはずの死体。
そいつが、背後から剣を突き立てていた。
コメント:
「えええええ!?」
「また動いた!」
「ゾンビじゃん!」
男が崩れ落ちる。
完全に沈黙。
ダンジョンに、静寂が戻る。
◇
俺はその光景を、ただ見ていた。
頭の中の声が、静かになる。
代わりに、別の感覚が広がる。
理解。
「……そういうことか」
残留思念。
それは単なる“記憶の再生”じゃない。
強い未練。
強い感情。
それが、現実に影響を及ぼす。
条件が揃えば――
“動く”。
「ふざけてるな」
思わず笑った。
コメント:
「笑うなよ」
「普通に怖いだろ」
「倫理とかもう次元違う」
◇
だが問題はそこじゃない。
俺は自分の頭に手を当てる。
さっきの声。
あれは――
まだ死んでいない。
「……どこにいる」
思わず呟く。
すると。
また、声が響く。
――上だ。
――次の階層。
――お前を待ってる。
背筋が冷える。
待ってる?
誰が。
コメント:
「また独り言」
「やばいな完全に」
「でもなんか核心っぽい」
俺はカメラを見た。
「……この先、行く」
コメント欄が一瞬で加速する。
コメント:
「行くのかよ」
「やめとけ」
「いや行け」
「配信神回確定」
アンチと信者がぶつかる。
いつもの構図。
でも今は――
そのどちらでもない視線を感じる。
“見られている”。
ダンジョンの奥から。
◇
俺は歩き出す。
階段へ向かって。
一歩ごとに、頭が重くなる。
声が増えていく。
死者の声。
そして――
まだ死んでいない“誰か”の声。
「……ふざけんなよ」
小さく呟く。
自分で分かる。
これ以上使えば、壊れる。
でも。
止める気はなかった。
「どうせもう、引き返せねぇ」
コメント:
「開き直った」
「終わってるな」
「でも見たい」
階段の前に立つ。
暗闇が口を開けている。
その奥から。
はっきりと、声が聞こえた。
――やっと来たな。
心臓が止まりかける。
この声は。
今までのどれとも違う。
冷たい。
そして、知っている。
「……誰だよ」
震える声で問いかける。
沈黙。
そして。
――お前だ。
世界が、歪んだ。




