17 帝国遺跡編1話:知識を授かる・2章開始
――そっちじゃなくてこっち
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洗練された無駄の無い円柱状の白亜の巨大建造物。その入り口の石碑にこう刻まれている。
”三つの試練を突破せし者に知神は無償で知識を一つ授ける”
”この試練の迷宮には一人ずつしか入ってはいけない”
”過去この試練で知識を授かった者は二度目の挑戦は出来ない”
”暴力に頼ってはならない”
以上四項。
この施設は試練の迷宮。主だったものはこの唯一世界大陸にて複数知られている。エリクディス一行が訪れたのはその一つ、旧帝国領南方諸邦の一角。
その正面玄関から一人、つんのめるように出て来る。学者の風体だが奇声を上げ、姿勢は獣のような前傾。視線は定まっているとは言えず、糞尿漏らした染みがあって臭いもする。
白痴の呪いは知神が下す罰の代表。試練の最中、神意に沿わぬことがあったらしい。
玄関先に屯している者達は多数。その内、呪い人に驚いて関わり合いになりたくないと逃げ出す者がほとんど。お勤めか、と捕具を取り出す知神の神官数名。全く動じぬ一般訪問客は二名。
一人はエルフ女、スカーリーフ。もう一人はオーク男、名無しの”チビ”。
呪い人は理性を損なって実力差を計れず、本能として女を選んで飛び掛かり、蹴りの一発で顎が外れて片側千切れてぶら下がった。首が折れている。死んだ。
隙有りと、チビは剣撃をスカーリーフに繰り出し、喉に杖突き一打を受けて倒れる程でもないが息も出来ない。そこから追撃の滅多打ち。杖折れ、半ばになり鋭くなった先で目突き……寸前で手が止まる。
「おっと! 不意打ちするからぁ」
スカーリーフの蹴り押し、青息吐息のチビは倒れ伏す。その姿は新旧の痣だらけ。
試練の迷宮に挑んでいるエリクディスを待つ間、二人はいつもの鍛錬を咄嗟に行った。隙有らば殺してみろ、と。
最近のチビは、スカーリーフの単純な蹴りでは早々に倒れなくなった代わり、打突の跡がこのようにして増えている。ようやく怪我をさせて貰えるだけの力がついたとも言える。故郷の山を下って以来。若者は成長が早く、身長も体重も増えて面白い。
「おっさんってこうなんの?」
スカーリーフは折れて二本になった杖の一本を死んだ呪い人の口、もう一本を尻に刺して遊ぶ。知神の神官達が死体回収に来る。
「ご遺体で遊ばないで下さい」
チビは立ち上がろうとするがゆっくり。咳き込み、痛みの余り筋肉と腱の動きが鈍い。
また正面玄関から呪われ人が飛び出て来る。無様な白痴の姿を晒すことも多いという前評判がありながらも挑戦する多くの知恵者達は賢いのだろうか?
呪われ人は理性が無い代わり力の限り暴れる。怪我をすることなど構わず動けば人間でも獣の如き。神官達は集まって囲み、返し付きの刺又で叩いて突いて嵌めて、手足に首を抑えてから両手両足に縄を掛けて猿轡を噛ませる。その後は養護施設に入れて寿命が尽きるまで暮らす。
スカーリーフは折れた杖の代わりを補充しに行く。付近の細木を斧で伐採。加工して七から六角程度にして素振り。
チビは座ったまま疲れ、痛みを堪えながら水筒から水を飲む。
また正面玄関から人が出て来て、よろけて膝を突いて泣き出す。迎えの者が同情して慰める。呪われてはいない、諦めたのだ。
迷宮の試練は三段階。
一つ目は選択問題式迷路。分岐路に様々な問題が一つ、答えと行く方向が組みになって二つ以上書かれており、己が正解だと思った答えの方向へ進む。正解なら終点に近づき、不正解なら遠のく。通常、これには何日もかかって体力と精神の限界が試される。手荷物の限界から胃袋の限界も。
二つ目は二回まで間違って良い雑学問題か謎かけ。一番簡単な試練であるが、疲れ切ったところに問いかけられると難しいもの。
三つ目は何らかの質問に対して満足の行く回答を返すこと。迂闊な答えは身を滅ぼす。
このようにして二人が玄関先で待つこと六日目。
ようやく三角帽子を被った髭面中年、エリクディスが現れた。
項垂れている、足取り不確か、やや駆け足気味なのは正気か狂気か?
「水をくれ!」
正気。チビ、口を付けていた水筒を放って渡すもエリクディスは取り損ねて、座り込んで拾って飲み始める。座る姿勢、節々が固い。
「ひゃあ、生き返ったわい。鞄食おうかと思ったわ」
「あれ食えんの?」
「腸が詰まって死ぬかもな」
「何か食うの?」
珍しく、これでも気を遣っているスカーリーフが新しい杖に食糧袋を引っかけて振る。
「消化に良いのがええかのう。甘いのもええのう。リンゴかなぁ、あるじゃろ」
スカーリーフは食糧袋から一個、二本の指で摘まんでエリクディスに放り、投げ渡す。
「切ってくれてもええじゃろが。ワシ、丸ごと嫌、唇痛くなんの」
年寄りは苦労の代償に甘やかしてくれることを望んでいる。
「めんどくさっ」
「やる」
「チビはやさしいのう」
「うえ、何かむかつく」
痛む身体を動かし、チビが短剣出リンゴを切っている最中にエリクディスが追加注文。
「すりおろしがええのう」
「そうか」
チビはリンゴを口に入れて噛み潰し始めた。かつて母がそうしたように。
「ぬう、ちとそいつは遠慮しようか」
「ほうか?」
「おっさん、アホ」
エリクディスは食糧袋を受け取って、中を漁って食べ始める。スカーリーフは横にしゃがんで年寄りの食い様を眺める。髭に付く食べかすが増えていく。
「二度と挑戦出来ないって書いてるらしいけど、良かったの?」
「知りたいものは自分で掴むのが楽しいわけだな。神々の御力をお借りするというのは、己の享楽のようなものに使うべきではないのだ」
「自分のためじゃなくて他人のためならいいって?」
「ふむ、そうだな。そして切れる札を切れんようでは、ワシ如きでは何も出来んのだ」
「はあ?」
「何でも力でやり込める自信がある者には分かり辛いかのう」
「何かむかつく」
「それにこれで知神の迷宮試練を突破したという箔が付いた。肩書を得たのだ。失っておらん。挑まない理由も無くなった」
「うん? で、依頼のは分かったの?」
「分かった。旧帝国初代国璽尚書エバーガル一世が記した”博物誌”の原著の在り処。灯台は灯りの下を照らさぬものだという教訓もかな。だがケチがついたとは言わんが、無条件とはいかなくなった」
「あーもう、余計なこと言ってないで、何?」
「神命下った」
「またぁ?」
「チビはともかくお前さんが文句垂れるな。何の為の旅じゃ」
「うえー」




