18 帝国遺跡編2話:遺跡の先行調査
エリクディス一行は良く働く。勤勉を厭い、怠惰を好む神は一柱としていない。
試練の迷宮へと生死を懸けて挑み、依頼主の元へ戻り、その足で辺境に出かけて現場調査。博物誌の原著を求めて以降は暇が無い。
「神命神命って偉そうに言うけどさあ、これ、ヴェスタアレンのアレの後始末押し付けられてるんでしょ?」
「要らぬ口を叩くでない」
「くぅっそまみれの尻拭いぃ」
「うるっさいわ。ほれ、チビを見習わんかい」
「ん?」
エリクディスとスカーリーフの言い合いなど知らぬ、そろそろ剃るか? と己のいがぐり頭をチビは撫で、短毛の固さを意味無く確かめていた。伸ばすのは成人してからというのが掟。
「ほれ」
「何が、ほれ、よ」
人知れず、原生林に囲まれた地に涸れ湖がある。一か所を除き外周が崖になったその底には旧帝国の遺跡都市が沈んでいた。このような存在でも忘れ去られる程に時代の新旧は隔絶されている。これこそ知神でもなければご存じなかろう。
ごく最近まで冷たい水に浸かっていた遺跡都市は、かつての土砂崩れと洪水の影響を受けてか、崖下から内側に向かって崩落、埋没している。整形石、冷蔵木材が散見され、無傷の物も破損した物もある。溜まった泥の底にはもっと何かありそうだ。
都市中央部分は、例えるなら”白骨”としての保存状態は一部良好。染料の類は抜けているが旧帝国様式の彫刻が綺麗に残っていた。人、動物、植物、魔物、ドラゴン、神獣、神々など多様。とにかく群れを表現。帝国の広大多様な姿、偉大さを表現したがっている。ともすれば傲慢さも無自覚に。
エリクディス一行は、かつては湖の主排水路だった涸れ川を旧下流から遡って丁度、旧市門の位置に辿り着いた。水が抜けた時の勢いで、泥を被った門扉が土中から姿を現している。これもまた彫刻付き。
散在する、流れが止まった水溜まりには沢蟹、水棲昆虫が逃れている。無力な小魚は鳥や獣が捕食済み。中身の無い貝殻も多数。
その涸れ湖の畔、崖上の縁より一行は遺跡都市の様子を上方より窺った。手立てを考えるのは主にエリクディス。
予想外にも地元の猟師や森林管理人すら足を運ばぬこの辺境に人影が複数あった。無策で足を入れることは出来ない。
この遺跡、廃墟には先客というよりは住人、住人というよりは設備があって動いていた。神命をわざわざ知神が、博物誌の居所と共に授けただけのことはあった。
姿は人型、盗掘者ならまだ良かった。そこにいたのは今や製造方法が遺失したと言われているゴーレム。魔法の一つである錬金術の、到達点の一つとされる。魂亡き機械仕掛け人形であり、たまに遺跡から発掘されては問題を起こす。
エリクディスの知識と見立てではあの複数のゴーレム達は大変な脅威である。
「おっさんどう?」
「まず古代、旧帝国時代に遡って一、二〇〇〇年が経過しても作動しているという頑丈さ。腐食にまず強い。何らかの動力切れ、のような、機械の餓死は望めそうにない。スカちゃんの経験であれらの体重はどんなものだ?」
「重い馬、ぐらい」
「大男程度の身長でその体重、そしてあの滑らかな歩き、手働き。軽く突き飛ばされただけで骨が折れるだろう」
「あー、そうだね」
ゴーレム達の動きは良好だった。遺跡都市を覆う泥や残骸を広場に集め、崩落部を直すその手には工具が握られる。鶴嘴、鋤、円匙、金鎚、杭。これらも腐食して錆び屑になっていない。
「ふむ、チビ、あれ、話が通じるように見えるか?」
「無理だろ。飯食う口が無くて糞もしないんじゃないか?」
「鋭い。まず生物ではなく、生きて産んで死ぬという世代循環の外にある。そして住人無き今になってからの無為に見える復興作業。彼等は法則を持って、その中で合理的に動いておる。我々のような知性ある人型のように、法則の外にある非合理的な行動に対して柔軟に対応してくれるような気配はない、絶無と言うと数学的にと……まあええわい、くどかった。とにかく奴等には話が通じないだろう。究極に忠実であるとも文献にある通り、余所者の言葉など聞かんわけだ。主無き今、完全に」
「全部ぶっ壊すの?」
あの甲冑騎士など赤子、オーク戦士も子供扱い出来るゴーレム相手でも戦乙女見習いスカーリーフは臆していない。目線には自信と好奇があって、口に出した全破壊に対しては億劫の意がある。戦場や猟場で生き抜いてきた匹夫ならざる眼力からだ。
「遺跡を直してくれれば発掘の手間が掛からんで有難いかもしれんが、奴等の好きなように直されると、思わぬ大軍が編制されるかもしれん。眠っていたゴーレム軍団の復活、場合によれば領国諸邦を跨ぐ国難」
「で、どうすんの?」
「戦力評価かのう」
「評価」
「ワシとチビは一旦帰る、どうにもならん。それから安全確保の時間を置いてからスカちゃんが一体に仕掛ける。倒せたら良し、残骸を回収出来たら後で研究。倒せなかったら逃げる。森を使って撒くのどうの、お前さん得意じゃろ?」
「そうする」
スカーリーフの頭の中では仕掛ける、戦う、逃げるの算段が既に巡っている。
「俺は?」
「駄目じゃ。あのテュガオズゴンの戦士達が揃っていても対策無しじゃ駄目じゃ。そのくらい駄目じゃ」
「ぬ」
「ゴーレム共、手出ししたらどう動くか分からん。攻撃された奴だけか、一斉に集団でやってくるかどうか、全く分からん。遺跡のことを放って全軍で追って来るのならそれはそれで罠に嵌めようもあるか。下手をすればスカちゃん、何百体からも国境跨いで追われるかもな」
「へー」
「自信有りだな。ワシもスカちゃんなら大丈夫だろうとは思う。お前さんで駄目ならまあ、大体駄目じゃろ。神々に御伺い立ててどうこうという段階か。そういう点全般、評価せい」
「はいはいはいはいはーい」
「返事はええのう、いやあ良くないか、まあええわい」
■■■
スカーリーフ、単独で遺跡都市の敷地内に潜入する。戦士から狩人に思考を変えている。
神命が関れば困難は必至。不敬ながら”ろくでもない”ことも有り得た。軽装にして軍隊無し。準備をしてきている。
湖の涸れる前の浅いところに苔と草花が生える。深いところには泥が溜まる。
スカーリーフは頭から爪先まで要所に、網を巻き、泥を塗り、草を挿し、弦草も手足に緩く張って渡し、風景から浮かび上がる五又の人型を消す。
鎖帷子姿が土草団子姿に変わった。見た目もそうだが、動物臭さも無くなり、体温の高いところも隠れる。足音、呼吸音を殺すのは技でどうにかする。
ゴーレムが獣の目と鼻と耳、蛇の目以上の物を持っているかも確かめられる。
潜みながらゴーレム達の視界外にいる個体を探す。
獣の群れを狩る時は強い雄、最強の頭目格など狙わない。群れのど真ん中に踊り込むこともしない。はぐれ者である上に子供、老体、怪我をした弱者を狙う。
都市中央部など逃げ道が塞がれそうなところには行かない。崖下周りにて、直ぐ敷地外へ脱出できる退路を意識し続ける。狩猟における逃走は敗北ではない。
ゴーレムの基本は遠目でも確認出来たように人型。長身の成人男性程度で極端に大柄な個体はおらず同型のみ。全身を装甲板が覆い、関節の隙間には布地か鎖帷子のような幕の防具が見られる。頭部には眼球に相当するような硝子の目が四つ横並び。
小さかったり、止まっていたり、組み上げ中の個体はいない。都市内部は不明。
錆びたり挙動がおかしい個体、判別難しい。
工具を持たず、整形石の残骸を運ぶ個体がいる。
周囲の視界の外にいて、今まさに整形石に手を掛けようとしている個体がいた。
スカーリーフは仰向けに寝た姿勢で、鉄芯入りの鉛の尖頭弾を投石器のポケットに入れて回し、ゴーレムの首、その隙間に撃つ。布地か鎖帷子のような防護の幕を貫いた。動物ならこれで血管、頚骨、神経が損傷して即死か致命傷。
作業中のゴーレムの挙動に首を回すというものがあった。複数入れ替わり立ち替わり動けば通路で鉢合わせるもので、その動作があった。
撃ち込まれたゴーレムは首の動きはわずかにして、補うように腰を良く回し、立ち位置を変えてその四つ目で周囲を見渡し始める。
目で未知の脅威を捜索、判断している。視線が動きを止めた土草団子のスカーリーフを撫でたが通り過ぎた。
ゴーレムの視線が反れてから再度投石開始。
左膝関節の隙を撃ち、ゴーレムは転倒せず踏ん張る。姿勢が踏ん張りで固まっている内に続けて左肩関節を撃ち、右膝関節を撃つ。
スカーリーフはうつ伏せになって身体が上下しないよう、素早く蜥蜴のような匍匐前進で迫る。目におそらく頼っているだろうゴーレムの、他の視線を極力躱す。
四関節を故障してまともに動けなくなったゴーレムに這い寄って、首の傷に短剣を突っ込む。まず装甲板の隙間を覆う防護幕は繊維、織物のような何かで頑丈。刃で改めて切り開くのは困難。
切っ先で内部を探る。頚骨だけが少し動いている。鉄芯と鉛の弾が首関節に噛んで潰れて健全な動作を阻害しているのが分かる。
次に短剣の代わりに長い指を突っ込む。指先が探るのは頭蓋骨の裏側。脳みそ、神経、何かを引き抜くために。
「お?」
隠密中のスカーリーフが小さく声を漏らした。留め具か何かが指に触れ、外してから爪でほじくるとポロっと取れる。ゴーレムが止まった。何か四角い石? エリクディスのおっさんが喜びそうなやつ。
ゴーレムの稼働音、作業音が同時に途絶えて荷物が一斉に落下する。
一体のゴーレムが死ぬ? と一斉に分かるらしい。詳しいことはエリクディスのおっさんが分析する。
スカーリーフは逃げ出した。退路の用意は万端。
短剣を近くの崖に刺し、足指で先の挿し口を掴んで絶壁でも床を這うように登攀。高い位置へ。
かつての畔の縁から遺跡都市を見下ろせば無数のゴーレムが、その体重から鳴らす足音を合わせて寄って来ていた。
次に、ゴーレムは崖下に集まって互いに組み合い、その身で梯子と成り始める。これは登って来る。
「ほっ!」
感心したスカーリーフ、謎の石を懐にし、走って逃げる。
■■■
スカーリーフは森に誘った。都市内はゴーレムの独壇場。森は、世界樹周りの類縁種に比べると劣るが、それでも圧倒的に金エルフの独壇場。
逃げれば逃げる程にゴーレムの追っ手は遅れていく。
先頭集団はともかく、後方集団は原生林の道無き道で遅れ、渋滞し、時に引き上げる。
幹と藪と枝葉の視界阻害。
崖に段差の縁が踏まれて崩落。
足を取る沼に軟弱地盤。
小さいが迂回を強いられる木と岩。
戦力評価中。踏破能力もその内。
改めて感覚器官の評価。
道中で見つけた兎を殺して血、脂を混ぜた物をゴーレムの四つ目にぶつけた。視界不良の動きを見せる。
人間のように柔らかい肌、布で目を拭って洗うような動作をしない。沼地に寄って泥水を目に掛ける動作をするが、擦って洗わない。葉や草を毟って手拭い代わりにもしない。脂汚れは落ちず、多少視力は復活しても近眼の様子。
転がっている石を、こちらを見失ったゴーレムの近くに放る。音に反応しない? 物陰からわざと足音を立てると反応した。音の種類を聞き分ける。
分かれ道に切った髪の毛、小便、垢、切った爪を置いて臭いで動きが変わるか観察。嗅覚無し?
夜を待ってゴーレムの進路上で先回り。その視線の先で、泥を拭って周辺より温度の高い肌を一部露出させる。反応無し。
沼の上に草を張ってみた。単純に避けた。
泳げるか? 湖、深い川は周囲に無い。
耐久力評価。
丸太を作り、坂を下って城門崩しのようにゴーレムを打突。倒れても起き上がる。装甲板は凹まない。機能障害は認められない。
伐採木を複数、坂から転げ落として轢く。倒れても起き上がろうとして、手足が挟まると思うように動けないが、仲間が木を切って退かして救助する。装甲板はやはり凹まない。
岩落としは仕掛ける余裕が無い。丁度、崖から落ちて通行人に当たりそうな配置の岩というのも見当たらない。探索不足。
大きな落とし穴は掘っている時間が無い。浅い、膝下まで落とす程度のものに嵌ることはあるが、段差を乗り越えた程度の動作で終わって転倒もせず、大した足止めにならない。
ゴーレムの数は減っているが朝になっても集団で追ってきている。都市遺跡の復興作業が主目的で、侵入者の排除は限定的かと思われる。
今のところ”働きゴーレム”のみが見られて”兵隊ゴーレム”に類する戦闘特化の個体は見られない。
蔦編み縄で輪を作り、ゴーレムの一体に掛けてからその先の錘、木を崖から落とす。一緒に落ちて行った。しかしこの周辺、山という山も無く、丘でもない平坦に近い地形。殺すに丁度良い落差が少なく、落下破壊は困難。
落下して孤立したゴーレムに武器を試す。
槍を間接部へ突き入れても防護幕を貫通せず。これなら剣も斧も駄目。
ゴーレムが使っている工具、この個体の持つ鋤で思い切り叩いても装甲板は凹まない。手応えも、相手が重く固すぎて手に力が跳ね返る。内部にまで、機械の内臓を破壊するような手応えは一切無い。
四つある目。摘まんで引き抜くと、神経の如き線と共に抜けた。手間だが四つ抜くとこちらを視認しなくなる。
他のゴーレムが集まって来るので逃げて、盲になった個体を出来るだけ観察。道具袋を持った個体が目を、盲の個体に差し入れて機能を復活させた。修理担当がいた。
■■■
エリクディスとチビは涸れ川底の道から帰路について二晩が過ぎた。石は水の流れを受けた丸い物の上、苔が生えて滑り易い。浅い沼地も点在。獣道すらも早々成立しておらず非常に歩き難い。
「負ぶって貰ってすまんのう。足腰ガタガタじゃ」
「うん」
知恵者エリクディス、頭は回るようだが足腰は健脚二人と比して回らない。半裸の若者の、これからまだまだ広くなる背にしがみ付く。チビはオークの大きな手の一つでその老いぼれの尻を押し上げる。山地の放牧で鍛えた足は適応している。
「いつもすまんのう。足、疲労骨折したら大変なんじゃ」
「奇跡とかは?」
「濫用はいかんのだ」
「そうか」
この中年は試練の迷宮からの疲労を引きずっていたこともあったが、この悪路は酷かった。そもそも道として利用されたこともない。古代にはあったかもしれないが、今は完全に自然に飲まれている。
枝渡り、石跳びでスカーリーフが戻って来た。草土の偽装は、駆ける中で多少落ちたが暗い森の下では溶け込んでいた。木々の生えていない涸れ川の岩場では浮く。
一行は合流した。追跡者無し。座りやすい平たい岩の上で小休止。とっておきの乾燥果物と果実酒を広げる。
「で、どうじゃった?」
「追跡は丁度太陽一周で打ち切り。えっと、南国で言う一二刻ってやつ」
金エルフの故地、北極圏から言う南国はおよそ全ての文明国家である。
「手応えは」
「まず軽装でやる相手じゃないね。板金は全然凹みもしない。関節に布っぽいのがあって鉄芯弾で抜けた。普通の刃は通らない。縫い目を通さないと滑る感じ。針なら刺さんじゃないの」
「ほうほう」
「目ん玉っぽいのと、中ほじくったの。これ心臓か脳みたいなの、抜いたら止まった。金目のもんでしょ」
目ん玉っぽいのは、エリクディスの目には硝子工芸品と金属細工の何かに見えた。鑑定不能。
中ほじくったのは、この目の錯覚を疑う程の純粋な黒色、光を吸い込む完全な艶無しで”角”は正面からだとほぼ視認できない。石とも金属とも言い難い質感で冷も熱も無い常温。また風で飛ぶかと心配になる軽さの四角柱体であった。
「成形された精髄石!? でかした!」
精霊術のいわば燃料にもなるという希少物体。しかもその加工物。現代においては希少という言葉では生温い。エリクディスも声が大きくなる。
「もしやゴーレムの身体、赤星鉄、永久銅、精霊銀、いずれか、組み合わせではなかったか?」
「さあ」
エリクディスが知っている知識上のゴーレムの造りには差異がある。物によっては歩く宝石鉱山。
「物の固さ、硬度靭性は?」
「さっき言った」
「そうだったな。しかしこれは期待出来そうだな。知神が神命下されるのも、ありなんというもの」
「え、私がいちいち引っぺがすの?」
「そこは依頼主、旧家の力で何とかしようというもんだ。個人ではなく組織、国家事業でな。戦乙女は鉱山夫ではない。分かっておる」
「じゃあ、これからおっさんの得意だ」
「うむ」
ここからが魔法使いもやっている放浪者、仕事人の本領であった。




