01:アスク
私の名前は、アスクウェル=プリモール
大国ダスタフとマーラル帝国のはざまにある国、エンプレ。
その国のプリモール子爵家嫡男として24年前誕生した。
父は仕事であまり会うことはなかったが、生活に困ることもなく大半を王都にある別邸で過ごしながら生活していた。
あの頃の私は、本当に何も見えていない子供だったのだろうと今なら思う。
初めにおかしいと違和感を覚えだしたのは私が7歳の頃だった。
エンプレは教育に力を入れている国だ。とくに魔法に関しては小さい国ながら大国に負けないほどの技術力を誇っている。
そのため、貴族も平民も分け隔てなく教育の門は開かれている。
7歳は初等部に入学する年。この年私は初めて自分の父親と対面した。
初めに感じたのは、優しそうな人だった。薄茶の髪にグリーンの瞳。私を抱き上げる手が大きかったのを覚えている。
無事初等部に入りそれからまた父様とは会わなくなった。しかし私も、新しい環境に慣れるのに精いっぱいですっかり頭の彼方へ行ってしまっていた。
次におかしいと思ったのは10歳の事。母の金遣いの荒さが子供ながらに異常だと思った。
毎週開かれるお茶会。招かれるパーティー。着ていくドレスは毎回違うものだった。
私もよく連れていかれたが、疲れるので行きたくなかった。
あれは私が12歳になった年のあるパーティーでの出来事だった。いつものように母の隣で大人しく人形のように付いて回っていた。
その日は珍しく煌びやかな輪から外れ、控えの一室へ連れられて行った。
そこで待っていたのは、デズモンド=ゼニーロ ゼニーロ子爵の当主だった。
彼は母の手を取りエスコートするように椅子に案内する。
決して無作法ではなく貴族として当たり前の事なのだが、何故か私はイヤでイヤでたまらなかった。
叶う事ならこの部屋から飛び出していきたいほどに……。
そして母から衝撃の言葉が飛び出してきた。
「アスク、あなたの本当の父親はここにいらっしゃるデズモンド様よ。」
目の前がぐらぐらした。一瞬何を言われているのかわからなかった。
「母様、冗談はやめてください。私の父様はピスター=プリラモールです。」
「あなたこそ何を言っているの? よく見てみなさい。あの男とあなたは似てないけれど、ここにいる本当のお父様とは瞳の色から体格までよく似ているじゃない。それに、あの男だって平民との間に子どもがいるのよ? 私だけではないわ」
確かに、ゼニーロ子爵の瞳の色は赤茶色。体格も細身で父様のようにがっちりしていない……
情報が多すぎて処理が追い付かない、母様は何とおっしゃった? 私は父様の子ではなく、父様にはちゃんと血のつながった子どもがいる……。
「キャネット、いきなり驚かせたらかわいそうじゃないか。アスクも受け入れる時間が必要だ。今日はこのくらいにしてあげなさい。別室を用意しよう。ゆっくり休むといい。」
そう言って子爵は使用人に私を部屋に案内させるように命じ、私は言われるがまま呆然と別室へと足を運んだ。
それから何度か子爵は屋敷を訪ねてきたり、母も子爵主催のお茶会に参加したりと私との距離を詰めようとしてきたがそのたびにうまく逃げ続けた。
誰に相談することもできず、逃げることもかなわず、私はどんどん疲弊していった。
転機が訪れたのは13歳の時。
学園が全寮制になったのだ。前々から話は出ていたのだが、このタイミングで来てくれたのはありがたいと思った。
すぐに手続きをして王都の別邸から寮に移った。これで少しは楽に呼吸ができる。
長期休みになっても別邸へは帰らず寮で過ごした。最高の1年を満喫できた。
人生でこんなに楽だったのは初めてかもしれない。だからこそ罰が当たったのだ。
中等学2年に無事進級。友達と呼べる存在もでき楽しい学園生活を過ごしていたそんなある日。
「アスク、1年にすごい子がいるみたいだよ。平民らしいんだけど学年トップだって! 見に行ってみようよ。」
ほんの出来心だった。興味がわいて見に行ってみると人でごった返す玄関ホール。ちょうど私は階段から降りてきたところだったので全体が見渡せる位置にいた。
その時、目が合ったのだ。まだ幼さの残る顔立ち、薄茶の髪、ブルーの瞳。しかしあと数年もすれば父様そっくりの美丈夫になりそうな彫の深さだった。
もと来た道を引き換えし空教室に飛び込んだ。心臓がバクバクいっている。
1学年しか変わらない、父様にそっくりな少年。なぜ平民なんだ? 父様はもしかして私が実の子ではないと気付いていない?
知らずに涙がこぼれていた。たった一度しか触れたことはなかったが大きくて暖かかった手。
高く持ち上げられた時、太陽の光に反射するエメラルドグリーンの優しい瞳。
私はどうすればいい。ここが楽園だと思っていたが、不義の子に逃げ場などないらしい。
あぁ、あぁッ、消えてしまいたい……。父様、ごめんなさい……
そこで私の意識は途絶えた。




