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ふたりの天下びとー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第丗二章・雲州尼子大包囲二【天文廿四年五月二十日(1555年6月9日)~】
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雲州尼子大包囲二3-3【禁制と撰銭】


 阿漕なようにも聞こえるが、一応、商人らにも言い分があった。


 戦と流民により極度に治安が悪化した備前国内では、長く滞在することは危険がある。


 そして、悪銭も精銭ももとは銅を鋳つぶしてできた代物。馬でも人力でも、銭の持ち運びに限度がある以上、価値が落ちる悪銭は目方としてどうしても嵩張る。輸送に余計な手間が必要になる分、労働力を確保するにも銭が要る。ならばこちらの言い値で買うか、いやだと言うのであれば、それ以上に価値のあるものを出せ。


 こう商人らに凄まれてしまえば、備前の人間に突っぱねるほどの力はない。


 結局商人らの要求の呑むしかなく、備前国の困窮は、それ以上に価値のある精銭の国外への大量流出を招いた。


 この頃の備前の窮状については、吉備地方の昔話の中に、僅かでも銭の足しにしようと集落の女子供全員が集まって髪を切り落とした『坊主村』の話や、冬の間に食うものが尽きかけたある家庭で、水のような雑穀粥でなんとか食い繋いでいたところ、いつまでも鍋の底に黒い大豆がへばりついて取れないと我が子が泣くので確認してみると、それが実は水に映った子供自身の目玉だったという『すくえない大豆』などの伝承が確認される。


(一応、どちらの昔話も正確な年代に関する記載はない。備前と備中が争っていた頃とまとめられていたため、もう少し先の備中兵乱の時期の可能性があることも付記する)


 銭、銭、銭。悪貨が良貨を駆逐した備前国において、とどめを刺したのが今回の禁制。


 禁制とは、いわば身代金。


 安全を確保するための値段は、小規模な村であれば数貫程度、大きな寺院などであれば数千貫以上程度にも上る。集落や施設の規模ごとにかなりの開きが見られるのだが、このときの三村氏側は、平時の数倍の価格の禁制発行料を要求している。


 その上で、制札に染筆する際に、全額を精銭で支払うよう求めたからこそ、備前の民は恐慌状態に陥った。


 季節は初夏。戦時でなくても物価が高騰する時期。この時期、この情勢で精銭のみでの支払いを命じられれば、あげる悲鳴すら消え失せ、ひたすら絶望に打ちひしがれた。


「……鬼畜の所業とは思わんか。皆が皆、銭を用意できるとでも思うておるのか」


 大名や豪商ならば良い。ある程度の蓄えがあれば、さらに価値の安定した銀に変換できる。だが、今の備前にあるのは粗悪な銭ばかり。備前の民に残された選択肢は、自前の悪銭を三村氏の仲介した商人の提示するさらに法外な交換比率で精銭に替えるか、あるいは自らの領主に泣きついて肩代わりしてもらうか。


 三村の使者は、胡乱げな眼差しで備前独立派の面々を順番に見回すと、なんだそんなことかと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべた。それが独立派にとってたまらなく不快に映った。


「……何がおかしい」


「否々。皆が仰られることは実に御立派。御立派過ぎて当方、誠に、そう、誠に感服しております。しかし、当家と致しましても備前の皆様には、第二、第三の道のご用意もございます。それゆえ、そこまで悪様に言われる筋合いは御座いませぬ」


 およそ感服などしない白々しさで、使者が備前をせせら笑った。


「ご存じの通り、当家と致しましては借金を棒引き、あつさえ土地までご用意させていただき、しかも三年、あるいは五年にわたって無税にする。そういった条件で今回の禁制の代替とするご提案もさせていただいております。そのことを皆様が知らぬはずがないと愚考いたしますが……」


「…………」 


 嘘ではない。嘘ではないが真実でもない。三村氏が提示した条件は、有望な人材を備中に移住させる策。金銭を支払えない備前の民を、かつての自国民が逃散した土地を耕し直せと迫るもの。備前に十分な金銭が存在しないことを重々理解した上で、極めて、極めて優しく囁く甘言。


「おや、なにか仰られたそうにしておりますな。不平不満は結構。しかし、ならば何故、そう、ならば何故、ご自分たちでこの国を治めておらぬのですか」


 空気が凍りつく。


 挑発はとうの昔に一線を越えていた。宗景は、使者の前でわずかに頭を右に傾け、深い溜息一つで返答してみせた。


「失せろ。そのうすら寒い笑みには虫唾が走るわ」


 宗景が言い終わるのを待つまでもない。使者はすっくと立ち上がると、高笑いと共に館を立ち去っていく。


 たかが使者にあそこまで言われてしまえば、備前独立派の矜持も誇りもあったものではない。彼らが備前の民に対して知らしめるべき道は、たったひとつ。


 誰が備前の主人であるか、今一度、真の武をもって示すより他に道はない。


 三村氏に焚きつけられたのは癪だが、備前独立派が予定を繰り上げ、戦支度を終えて西に向かったのは会談のわずか二日の後。同盟側の瀬戸内・備中の攻勢に合わせ、東備前の雄・浦上宗景も呼応し、東から備前国内の親尼子派討伐に乗り出した。


 西備前に去り行く宗景の軍勢を見送るように、天神山城下ではひとつの影が動く。


 備前独立派の動向を監視していた親尼子派の密偵が、このときを待っていたとばかり、主人の下へと駆け出していく。


 天文廿四年。夏は、まだ始まったばかりだった。

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