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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十一章・芸州折敷畑合戦【天文二十三年六月五日(1554年7月4日)~】
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23・芸州折敷畑合戦1-2


 未確認ではあるが、陶の大将旗を見たという者もいる。


「なにか」

「否、どうということはありませんが」


 凪ぎの時間帯。


 男が夜陰に耳をそばだてると、よどんだ川藻の匂いに混じって対岸の折敷山の方角から少なくない数の人間が蠢く音が聞こえた。梅雨の切れ間ゆえ気温は上がらず、僅かな音でも遠くまでよく響く。


「……敵方の物見、でしょうか」


 陶方は昨日まだ着陣したばかり。夜の闇が残る今の時間帯に偵察を行うことは戦の常道ではある。


「否、それにしては音の響きが大きいような」


「……大殿、早く桜尾にお戻りくだされ」


 いち早く異変に気付いたのは、男の声のうちのやや年長のもの。声は強張っていた。


 声の主の名は、福原貞俊(ふくはらさだとし)。毛利方の将で、実直な性格から毛利家臣団の中で最も信頼厚い重臣筆頭の彼は、今回の対陶戦においても最前線を任されていた。


 そして、大殿と呼ばれた男こそ、毛利家前当主・毛利元就。


 既に隠居した身だが、今回の戦は必勝でなければ家が滅ぶ。軍議を現当主の嫡男に任せ、可能な限り戦況を読もうと彼もまた桜尾の城から出て戦に臨んでいる。


「なにか…」


 そこまで言いかけて、元就も対岸の異変に気付く。


「……宍戸殿、福原殿。この場所を任せても宜しいか」

「存じております」

「問題ありませぬ」


 『それ』はすぐに始まった。


 川岸から何千何万も小さな光の群れが飛び立ち、払暁前の濃藍色の空に幾つもの眩い光が舞い踊る。古くより蛍の飛翔は一晩に三度と言われる。


 日没より一刻後を皮切りに最初の飛翔が始まり、さらに一刻ほどおいて二度目、後は丑三つまでに最後の飛翔が行われる。その中でも最大の飛翔は最初の一回目。朝方近くにこれほどの様相で飛ぶ蛍など終ぞ聞いた事がない。


 恐らく人間の接近に驚いた川瀬の蛍達が逃げ惑っている。

 飛散していく光の数から察するに、接近している陶兵の規模は偵察ではない。奇襲の意図があることが見て取れた。


「皆、大殿が軍を率いて戻られるまでは退く事能わず。今この時を生き延びようぞ」


 何処からともなく、応、と答える男達の声が響いた。


 毛利軍もまた既に兵士を前線に配置済み。陶軍折敷畑山着陣の方を聞きつけた毛利軍は、数多の策を手配して陶兵の到着を待ち受けていた。


 もう間もなく彼らは会敵する。


 後世、折敷畑の戦いとも呼ばれる明石口の戦いの序戦は、現在の速谷神社近く、この可愛(かわい)川両岸の戦いから始まった。


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