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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十章・西播怪談実記草稿十二【天文二十三年四月廿八日(1554年5月29日)~】
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22・西播怪談実記草稿十二5-2(天文美作合戦)


 情報の統制。龍野赤松勢は総力を尽くして情報を秘匿し、同盟軍の命脈を保つ。


「規模はどの程度」

「ここに千。残りは室津の抑えに五百。残りは播備作の街道沿いに散らせ、各所で攪乱を行わせています」


 人の噂を取り仕切る。政秀は涼しげな表情でさらりと言ってのけるが、そんな芸当を成し遂げるには昨日今日の根回しでは到足りない。となれば、龍野赤松氏は随分前から毛利氏と陶氏が一戦交えることを知っていた事になる。


「……上月城の陶の使者には、毛利離反の噂は切羽詰まった尼子による攪乱策であると断じ、混乱する我らに狙いを定めて上月から赤穂方面に抜ける可能性があるため、念のために警護役として龍野勢を置かせてほしいと伝えております」


 現在の龍野赤松氏の本陣は、上月城の山ひとつ南にある広山砦。


「……置塩には何と」

「置塩の御屋形様には目下調査中とだけ。まだ数日の猶予があるでしょう」


 政秀は、とりあえず中に、と屋敷の中に入るように促す。ここから先はより内密の度合いが高いらしい。


「毛利殿とは、いつから」

「少なくとも貴君よりはずっと、ずっと以前より」


 そういって、政秀はふっと笑みを零す。彼に敵意も悪意も無い。有るのは、信用か信頼か。


「総て、毛利の前当主が描き出された通り。安芸も備後も播磨も美作も、備前においてすらも、彼の者の頭脳が描き出したままに戦況が移行しておられます。ここまでの大局を脳内で作り上げるとは、なかなかの御仁だとは思いませぬか」


 政秀の言葉に、毛利を疑う色は無かった。


「……毛利の現当主殿もそれなりの御仁とは聞いておりますが、やはり父君には及ばぬ様子。この戦が始まる前になって、ようやっと上月の陶を討つようにとの指示を賜りましたが、それでは前当主殿に比べて何周も、そう、何周も遅いのです。ゆえに焼き捨て申した」


 かなり危うい。ともすれば必要以上に毛利に近づき過ぎた(かど)で、内通の罪にも問われかねない。戦慄する政元を試すように、続けて政秀は毛利の現当主から置塩の大殿宛の書状を焼き払った旨も告げる。


「それは、何故。何故、其方はそれほど毛利に尽くす」


 まさか龍野赤松は毛利の臣となったのかと問うと、政秀はゆっくりと首を横に振った。


「……毛利殿は力を付け過ぎた御自身を古の韓信になぞらえておられます。彼の名将韓信ですら用済みとなれば弑されました。韓信ほどの才の無い自分ならばもっと早くに陶に煮られていてもおかしくはなかったとも」


 狡兎死して良狗烹らる。だが、毛利元就という男は、己の才覚を活かしてここまで毛利を生き長らえさせた。


「此度の場合、陶は毛利の血を絶やすつもりで動いています。そのために、陶は尼子と和睦に向けて裏で数度の使者を飛ばしておいでです」


 毛利と陶。陶、大内氏が尼子氏と和議を結ぶのであれば、尼子は後顧の憂いなくなる。そうなれば、播磨も備前も各個撃破され、結果として赤松は滅ぶ。なるほど、毛利に与せねば未来は無いというのは、一定の道理があるように聞こえる。


 しかしながら、ある疑念が政元からは離れない。


「なにゆえ、(それがし)に秘密を打ち明けなされる」

「…………」


 僅かな沈黙の後、政秀は口を開く。


「どうぞ、火は置いてあります。乾いた布もすぐに準備させますので、かゆみがひどくなければ足を当たらせてお待ちください」


 通されたのは囲炉裏端。僅かに赫く揺らめく炭が置かれ、足ぐされ(塹壕足?)を防ぐために弱くじんわりとした熱を放つ。そばには菜種の油も用意してあった、


「先の質問ですが、ひとつは単純に上月の城は貴殿の所領だということ」


 これから起こる事案について、城の持ち主には断りを入れておく必要がある。

 

 これは道理。


「ふたつ目は、……貴殿が総領家を、そう、現在の総領家を信じておられぬと、自分の勘が告げているところです」


 かなりの問題発言。だが、政秀は言葉を止めない。


「正直なところ、現在の大殿の取り巻きに関して、得平殿、豊福殿は別として、鳥十(鳥居職種)、小寺殿を含めてあまり信を置けぬ連中が寄り集まり、甘言寧言の限りを尽くし、円心公より続く赤松の栄光を切り分けているように感じられるのです」


 例え断片であろうと、信頼のない相手に貴重な情報を渡すことは危険であると判断した結果、政秀は、自らの主君ではなく、七条政元に内情を明かしたのだという。


「……特に、小寺殿は、浦上殿が赤松の家臣団を去った後も個人的な交流を続けておいでです。小寺殿は大殿の側近も側近、毛利殿からの書状が大殿の手に渡るならば、それ即ち小寺殿の眼にも触れることになるでしょう。我ら六ヵ国同盟の根幹を揺るがす大事件、陶と毛利の対立を知ればどのようなことになりましょうや」




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