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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十章・西播怪談実記草稿十二【天文二十三年四月廿八日(1554年5月29日)~】
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22・西播怪談実記草稿十二4-1(天文美作合戦)


 ―4―



 天文二十三年、五月もそろそろ終わる。


 天候は、相変わらずの雨。


 今年も川面近くを燕の親子が飛び交い、知らぬ間に夏の訪れを告げていた。


 美作国に帰還した尼子軍が小休止に選んだのは峠越えを終えた先の神社。川を眺める描写があるため、現在の青野神社か天一神社付近ではないかと思われる。


 先行した国久に追い付くべく、悪路を駆け通した尼子兵らの疲労は到底無視できるものではない。晴久はやや開けた神社前の広場を選んで兵を休ませた。幸い、社務所近くから乾いた薪が見つかったために直ぐさま火を起こさせると、濡れた身体を少しでも温めるよう皆に白湯を配らせていた。


 僅かばかりの温もりだが、今はなによりの救いとなる。


 雨中、巣立ちを終えたばかりの若い燕がつたない飛び方ながらも親鳥に従って、増水した川の水面から水を飲もうとする懸命な姿を眺めながら、晴久は自らに配膳された湯に口をつけた。


 一口一口、雨の中、若鳥らが泥水をついばむ健気さは、草臥れた尼子主従の胸を打った。


「…………」


 尼子晴久らが、自分達が越えてきたばかりの峠道が突然崩壊したとの報告を聞いたのは、燕親子が揃って給水に成功するまさにその瞬間だった。


「……は」


 束の間の休息すら取らせない事態に、誰もが言葉を無くした。


 そして気付く。同盟側の狙いは最初からこれだったのか、と。


「御屋形様……」

「やられた……急ぎ、被害を知らせよ。復旧できねば我らは早晩飢えて死ぬるぞ」

 

 晴久の下知が飛び、緊急で編成された調査隊は峠道の被害を探るべく、取るものも取らず急ぎ駆けだしていった。


 小一時間ほどで調査隊は戻る。とりあえずの調査で、少なくとも三つの隘路で落石や倒木に由来する山崩れが起きていることが分かった。同時に総ての現場で切れ込みの入れられた大木と露面の真新しい岩石が確認され、この斜面崩壊の原因が自然災害などではなく全部人為的なものであることも判明した。


「敵勢の姿は……」

「否、影も形もなく、既に立ち去った後かと」


 やることを終えた彼らは引き上げた。なるほど、道理で今まで荷駄が被害を受けなかったわけだ。播磨勢は美作での敗戦で引き上げたのではなく、最初からこの地に尼子を呼び込むために動いていた。全てが裏目。長陣を見据えて兵糧を播磨に運び込む輸送隊を見下ろすかたわらで、こうして備中の騒ぎを聞きつけ慌てふためき戻ってくる本隊とを分断させるために細工を仕掛けていた。


 自然、先を行って補給部隊を待ちわびる国久達の息の根も止まる。


 長雨にぬかるんだ山の土に、身の丈を超えた大木や大岩によって封鎖された山道。効果は絶大。報告を聞けば聞くほどに晴久は眩暈を覚えた。


 これでは、牛も馬も、人も通れない。


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