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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十章・西播怪談実記草稿十二【天文二十三年四月廿八日(1554年5月29日)~】
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22・西播怪談実記草稿十二3-2(天文美作合戦)


 一体全体、何がどうなっているのか。しばらくの逡巡の後、正気を取り戻した晴久派の将らは動揺を隠せず問い詰めようとするが、それすら誠久は煩わしく右手を左右に振るだけで何も言葉はない。


「待て。義父殿に何かあったのか」


 晴久の義父、尼子国久の軍才は晴久のそれを遥かに凌ぐ。そんな彼が持ち場を離れ、退くと決めたのであれば、それなりの理由が存在するはずだと晴久の勘が告げた。


「知るかよ。昨晩備中に放っていた密偵が帰り、三村と毛利が全軍を率いて東に軍を進めたらしい。狙いは備前か美作か。どちらにせよ、毛利は我らが領国を留守にする事を読んでおったのだろうさ」


 当主殿が播磨などで悠長に遊び過ぎたツケだ、と吐き捨て、誠久は晴久を皮肉気に睨んだ。


「まさか……」


 そう、まさかの事態。晴久の手元にある情報では、陶と毛利は仲違いしているはずであり、つい先日、毛利の背後を討つべく陶側が尼子との和睦を申し出てきたはず。あの陶からの和睦自体が尼子に隙を作らせるための罠だったとすれば、陶と毛利の仲違いなどただの茶番。そうでもなければ今ここで毛利が全軍を挙げて進軍できるはずがない。


 あってはならない。ただの流言飛語の類なら聞き流していようが、実際、義父の国久が動くに足る何かがあった事は疑いない。虚実を使い分ける毛利元就という男との戦とは、こうも人心を操られるものかと晴久は大いに嘆く。


「親父殿は馬廻りを連れて陣を先に引き払った。儂も早う兵を連れて追いつかねばならん」


 新宮党が兵を下げたとなれば、晴久派は背後の護りを無くす。梅雨明けも近く、雨はいつまで尼子の味方をしてくれるか分からない。雨が上がれば、水嵩を元に戻した川を渡って、ここまで力を温存していた赤松総領家の軍勢が歩を進めてくる。晴久派の兵力で、三方の敵を相手するだけの余力はない。


 ――――退き時だった。


「どうする。当主殿はここでもう少し兵どもと遊ばれるか」


 随分な言い草だが、誠久に悪びれた様子は無い。彼にとっての播磨の戦は負け戦。負け戦に興味はなく、次なる戦場に価値を見出していた。


「……わだ」

「は」


「……講和だ。三木の別所に和議の使いを出せ」


 さしもの出雲の英雄もこれ以上の播磨侵攻は無謀と判断。早急に三木別所に講和の使者を飛ばすと、まだ数的有利が存在する間に相互不可侵を講和条件として纏め、横断してきた播磨国を後にする。


 尼子軍主力が播磨撤退を終えたのは、同月の二十六日。


 これもかなりの強行軍となったが、赤松軍の追撃を振り切って宍粟郡に駆け込んだ尼子軍は出迎えた宇野勢が炊き出した補給を受け取り、久方ぶりに温かな糧食を得た。幸い播磨攻略の為に運び込まれた兵糧は宇野領内に十二分に存在していた。


 一夜明け、満足な休息を取った彼らは、兵士に三日分の食料に持たせると翌朝早くから来た時と同じように志引峠を越えていく。


 志引越えをなんとか遣り遂げた尼子の軍勢だが、美作国側で彼らを待っていたのは、先行していた国久の隊ではなく彼らの背後、播磨側の山道の大崩落だった。

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