22・西播怪談実記草稿十二1-2(天文美作合戦)
政元らが欲しいのは華々しい勝利を得るための戦ではない。最前線で敵軍を押し止め、その隙に細くなった糧道を後方から封鎖する負けないための戦。
「美作の後藤殿からは」
「首尾は上々。万事こちらに合わせるとのことです」
断続的にだが、美作後藤氏の密使は同盟軍側にも送られていた。尼子と反尼子、美作後藤氏はどちらが勝っても勝者となるように動いていた。
「……物は言いよう、とも言えますが」
「ははは、勝国殿とて名族。負ける側に加担は出来んさ」
要は、我らが勝てば良いのだ、と政元は力強く笑って見せた。
これよりまもなく、今度は龍野赤松氏は尼子の使者と次第に距離を取る手筈となっている。龍野からの定時連絡が途絶えれば、さすがに尼子軍首脳部も不信感を覚えるだろう。しかし、その頃には尼子軍主力が退くに退けなくなる場所まで軍が進んでいる。
「我らが思い描いた通りになるか、それとも我らの包囲が間に合わず尼子に上手く逃げられてるか」
そうさせぬために、七条家も赤松家も上月の城を陶の手に渡した。
上月城の陶兵らといえば、今年二月に七条家の歓待を受けてからはほとんど城から出てこようとはしなかった。時折近隣諸侯からみかじめ料を徴収しては、女に酒にと連日連夜遊び惚けていると聞く。
そう、それで良い。今、陶兵らに出てきて貰っては後々障りとなる。
現在の赤松総領家には、尼子と陶を同時に相手するだけの戦力は無い。そのため、城を取り戻せるかどうかは戦後の交渉次第となる。より有利な条件で話を進められるよう、多くの戦功を七条家のものとする必要がある。
勝負に勝って領地を失うのでは意味がないのだ。
現在は、政元の目論見通り、陶の威名を恐れた尼子が佐用郡を迂回する道を選んでいる。
「では打合せ通り、我らも動かねばな」
政元は寺側といくつかの取り決めを交わすと、龍野、美作の両方に伝令を飛ばし、しばしの潜伏に入る。
彼らが目指すのは志引峠の山向こう。夜陰と降りしきる雨に紛れて猟師道を踏み入り、佐用郡内最高峰の日名倉山(日座山)を踏破した彼らは、今度は谷の反対側、後山の山腹に身を沈めて反撃の時を待つ。
翌五月一日、最後の意見交換として、備前、美作に不穏な動きあり、という意味深長な情報を残しつつ、龍野赤松氏は尼子との連絡を完全に途絶。
龍野城主・赤松政秀は、佐用上月城の陶将に作戦開始の号令を依頼すると、待ってましたとばかりに見張り台に組まれた薪に火がくべられる。
文字通り、今ここに同盟側による反撃の狼煙が上げられた。




