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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十九章・西播怪談実記草稿十一【天文二十三年四月中旬】
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21・西播怪談実記草稿十一1-2(天文美作合戦)


「そうは言われますが……」


 井口与八にとっては、この任務は武功だけが目的ではない。一族の名誉を取り戻す戦であると意気込み、自らの参戦を買って出た。


 彼の叔父は井口丸助(いぐちまるすけ)という。丸助は天文元年の尼子氏の美作侵入の折、吉野郡横山城の城兵として参戦していた将の一人となる。が、たまたま落城の前日、天神の社の通夜に行き遭ったことで死を免れた。


 皆が戦死した後一人生き延びた丸助だが、以前から戦を嫌う発言の多かったこともあり、彼が生き延びたことを快く思わない者らが彼を嘲笑い、『もののふは 亡びて残る 五つの名 おく病ものは 丸て助かる』と狂歌を呼んで社に吊るした。


 以降二十年、井口の名は臆病者の一族として揶揄され続けている。


「……我らは勝てますか。赤松様は我らが棄て石にならぬよう、本当に努めて下さいますか」

 

 返答に窮して、宗貞は浅く笑う。


 美作高田では、前回に引き続き播州勢にも大きな犠牲が出ている。東美作諸侯の被害も無視できる数とは言えない。あのとき浦上宗景が本陣の兵を動かなかったことは、予定通りのこととはいえ、あまり評判の良いものではなかった。


「高田での戦から半月、我らの傷も癒えておりませぬ」

「ならば誰が引き受ける。この貧乏くじ、我らは我らの役割を果たすしかあるまい」


 尼子撃退という大きな目的のため、六ヵ国同盟は結ばれた。計画は綿密かつ柔軟に組まれ、いまさら一地方豪族が計画にあらがおうと、変更なく計画は回り続ける。


 宗貞らは精一杯エサとなり、目一杯あがいて時間を稼ぐ。


「備後を失くした尼子は必ず成果を求める。この戦、奴らは結果を出さねば凋落を避けられん」


 ならばそれを利用する。逆手に取って、こちらが尼子の進路を決めてやる。


 この五名から先、東の播磨国豊福庄に向かう山道には封鎖線を幾重にも敷いてある。現在横山城は尼子軍の将、河副久盛に属する者(詳細不明。一説には横山大膳)が守将を務めている。まもなく城主の口から尼子諸将の耳に東の道路封鎖の情報が入るだろう。


「……竹山は吉野郡随一と謳われた城。奴らとて城攻めには時間がかかる。喰らうためには尼子家当主の軍勢だけでは不十分。全軍の到着を待って攻め寄せるに違いあるまい」


 それまでは領民の避難を呼びかけろ、と宗貞は与八に言葉を残して前線を立ち去るのだが、これが主従の別れとなった。


 戦功を焦っていたのは与八だけでなく晴久派もまた同じ。夜になり、宗貞の予想に反して進軍直後の兵を動かさないという戦の常道に従わず、晴久派は単独で竹山城下の村々に強襲をかけた。


 虚を突かれた新免勢は総崩れとなって竹山城へ逃げる。


 だが、自軍が次々と敗走する中で、井口与八は最期まで持ち場を離れることなく住民の避難を呼びかけ続けた。明朝与八の遺体は美作国赤田城近くの路上で発見されるのだが、作州の右衛門という者はもともと井口一族を良く思っておらず、彼の亡骸に向かって口にまかせてさまざまに罵倒した。


 その様子を見た村民が二首の狂歌を残している。


「五つの名 いのち惜しまぬ 夜半のつき 散らばいぬじと よはかたるなり」

「いつつ出で 名を欲したか 夜半のつき ちらばいぬじと よはかたるなり」


 戦後、右衛門の悪態に激怒した新免宗貞は右衛門を厳罰に処すると共に、井口与八の遺族に対して井口一族の名誉を回復するよう赤松総領家に感状を送ってもらえるよう取り次いだ。


 一応、江戸期の井口家にはその際に送られた感状が残されていたという。


 以下、井口家の古文書より。


 伝天文二十三年

 当表到、尼子衆相働候処、粉骨次第、忠節無比類候、弥無油断可申付候事肝要也、恐々謹言

 五月廿七日  晴政(花押) 

 (宛所ヲ欠ク)


 

※ただし、井口与八の遺族が天正年間に美作国を離れたこともあってか、筆者や語り手の二人が調べた限りでは平成の時代に古文書の原本は見付けられなかった。そのため、後世誰かが臆病者と貶められた井口一族の名誉の為に創作したのではないかという見解も付記させて頂きたい。

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