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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十八章・西播怪談実記草稿十【天文二十三年四月五日(1554年5月6日)~】
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20・西播怪談実記草稿十2-2(天文美作合戦)


「古来より、釣り逃した魚はいつも大きいとも申しますからな」


 誰かが笑う。まだ生野の大鉱脈は発見出来ていない。


 但馬の人間の噂では、太田垣家臣中では主家に対する怨み節が囁かれているらしい。総領家が余計な邪魔をしなければ、太田垣家は生野だけでなく播但国境中の鉱山群を手中に収めていたのだ、莫大な富を得た太田垣が、主家すらも追い落として但馬の主になっていたのだと吹聴してまわるいう者も出たという。


 実際、太田垣氏重臣の中には、臣下が主家を上回る力を付けることを快く思わなかった山名総領家が、わざと自分達に播磨侵攻をそそのかしたのだと公言した者が存在し、主家の耳に入ることを恐れた太田垣氏当主・太田垣朝延が該当の重臣を叱責したという話もある。


「……所詮、山名一党と赤松一党は油と水。形ばかりの盟約が結ばれようと、過去の因縁が解消されぬ限りはまとまる話もまとまりますまい」


 なるほど、あり得そうな話だ、と晴久も頷く。


「宇山殿、龍野の調略はどうなっています」


「此度の戦、龍野赤松氏は我らに力添えをして下さるご様子。ただ今は、赤松総領家より直系の姫君を頂いたので表立っては味方できませぬが、我らが播磨入りを果たせばたちどころに鞍替えしてみせるとのお言葉を頂戴しています」


 晴久の問いに、宇山飛騨守は自信に満ちた声で応じた。


 龍野赤松氏、保有兵力おおよそ三千騎。


 宍粟郡を通過する際、海沿いの室津まで最短距離で向かうためには、揖保川に沿って南下して龍野の地を経由する必要がある。地政学的に、敵に回すには実に厄介な位置に龍野赤松氏は拠点を置いていた。


「龍野が我らの手中にある以上、竹山の城さえ落とせば、浦上政宗殿のもとへの道は開けたも同然。昨今、播磨国人どもも尼子の不甲斐なさを憂いておるとも聞き及んでおります。彼の者達も我らの雄姿を見れば今一度尼子への忠節を思い起こすことが出来ましょう」


「……誰ぞ他に案はあるか」


 宇山氏の言葉には充分な説得力があるように思えた。


 が、新宮党はあくまでも最短経路にこだわりをみせた。


 迂回路を選ぶのは勇無き者の選ぶ道。危険を恐れて遠回りをしたのでは、かえって播磨の者どもから臆病者と軽んじられよう、と言葉を並べ、佐用郡を獲れば龍野のある揖西(いっさい)郡だろうと赤穂郡だろうとどちらにでも通じる、そうなれば龍野の赤松などどうにでもなろう、我らに反対するのであれば新宮党は兵を動かさぬ、と語気を強めて晴久派に反対の意を示した。


 尼子氏重臣一同、互いの顔を見合わせ、互いの上司の顔色を伺いながらの軍議。


 当初、自らの主に気に入られようとあれこれ甘言を弄していた者も、気まずさに耐え兼ねて次第に言葉数を減らし、沈黙のみが場を支配していった。


 結局この日の軍議はお開きとなり、翌日も両派閥の意見は平行線。結論が出たのは天文二十三年四月十日(1554年5月11日)頃。備前方面と佐用方面の荷を受け持つ馬借が備前独立派の手によって抑えられ、先の二案では糧道確保の目途が立たないことが決定打となった。


 選ばれたのは、美作後略後に志引峠を越えて千種(ちくさ)に入る宍粟郡ルート。


 古代から千種より備前美作には鉄を、備前美作からは日用品を運ぶ比較的開けた道がある、という地元の情報を入手した兵士には石見の銀一枚が贈られた。


 鉄を運ぶのならば、兵糧を運ぶだけの道がある。


 この決定には尼子家当主の晴久が全責任を負うと明言したこともあり、さすがの新宮党もしぶしぶながら重い腰を上げるしかなく、四月の吉日を待って美作国吉野郡攻略が始まった。


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