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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十六章・西播怪談実記草稿八【天文二十三年一月一日(1554年2月2日)~】
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18・西播怪談実記草稿八4-2


「尼子様は我らを明らかに軽んじておられる。そのような者どもと、どうして轡を並べることができましょう」


 憤慨し、感情を露にする勝基を見て、勝国は不敵に笑う。


「なるほど。貴様の言い分は分かった」


 勝国とて、若かりし頃は幾多の戦場を駆った経験をもつ。立石氏から東美作を奪取した後、後藤による支配体制を安定化させたのは彼の功績といえる。


「……今現在、美作では二つの勢力がせめぎ合い、未だ大勢は定まっておらぬように思える。貴様が手前勝手に動かず、この父に判断を仰ごうとする姿勢は十分評価されるべきといえる。その冷静さ無しには、この難局は乗り切れまい」


 そう言って、勝国は自らの両掌を目線の高さまで上げ、杯の形に指を折り曲げる。


「つまり、どちらにも恩を売り込む好機よ」


 毛利と尼子を両天秤にかけることで、後藤の家を躍進させる。


 東美作の平定は後藤の悲願。


 かつてこの地で最大勢力だった美作三浦氏は、貞久の死後、子の貞勝の時代になって呆気なく潰えた。高田城を落ち延びた三浦貞勝は、備前独立派の久米郡岩屋城主、中村五郎左衛門を頼って雌伏の時を過ごしていると聞くが復権には相当の時が要る。


 三浦氏が去った高田の城は尼子の美作統治の拠点となり、城代の河副久盛も明日には林野から高田へと向かうことが予想される。


「貴様、川副様にどこまでの情報をお渡し致した」

「応、触りも触り。上月の地までは江見の手勢も案内しましたが、深く侵入するのは危険と言われるが故に、城内や村落内部までは入らずに引き上げております」


 威力偵察を期待していた息子はいまいち消化不良気味だが、勝国はその様子を満足そうに眺めていた。


「よい。情報という生き物は、与え過ぎてはむしろ障る」


 全ては天秤の振り加減。


 今の東美作は、北部を矢筈城の草刈氏が毛利氏に付き、東部を竹山城の新免氏が赤松家に忠誠を誓っている。あとは西部の林野城の江見氏が尼子氏に与する中で、後藤は全ての勢力に良い顔をしてみせる必要がある。


「こちらも草刈殿に昨年の健闘を称える使者を送り、浦上殿からも我らの寝返りに色よい返事を頂いておる。父の方も根回しに抜かりはない」


 天文二十二年の第一次高田表の戦いの折、矢筈城に籠る草刈氏は尼子晴久の軍勢に攻め込まれたが、北部第一の堅城を盾に尼子の猛攻を退ける戦果を挙げている。


 因幡ニ郡・美作五郡に跨って所領をもつ草刈氏は、尼子だけでなく浦上、山名の軍勢の度重なる侵攻をいずれも撃退するほどの戦上手。となれば、上手く(おだ)て味方として使うに限る。


 備前浦上氏の方にも使者を立て、内応する際にはよろしく頼むと一言伝えた。実際に尼子を裏切るかどうかは時と場合による。尼子の軍勢が勝利するならば尼子にそのまま手を貸し続け、備前独立派に軍配が上がるならば後藤の兵を目一杯高く売り込むことで、どちらに転ぼうと後藤の負けはない。


「……さて、ここまでは毛利殿の予想通り盤面が進んでおる。噂に違わぬ戦略眼、と誉めるべきなのだろうな」


 負けがない。負けがないから勝国はこの話に乗っている。どの局面であろうと後藤の影響力が増すのは確かに魅力的ではある。


「しかし父上……」


 そう、だからこそ面白くない。自分達が誰かを振り回すのは良いが、作州気質の二人には誰かの掌の上で踊らされるのは許せるものではない。目の前に吊り下げられた旨そうな餌は、旨そうに見えるだけで親子二人の野心を満たすには充分量ではなかった。


 歴史を顧みれば、本来この美作は尼子も毛利も関係ない。


 三浦が没落した今、国内は彼らの後釜を狙う狼どもの巣窟となっている。大局に身を委ねる風見鶏ばかりではない。あわよくば余所者共を出し抜き、総てを奪おうとする群狼の中に後藤も名を連ねている。


 季節外れの萩の絵が描かれた部屋の奥、燈明に照らされた親子二人の眼には、どす黒い野心の炎が燻り始めていた。




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