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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十六章・西播怪談実記草稿八【天文二十三年一月一日(1554年2月2日)~】
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18・西播怪談実記草稿八2-2


「若造。我らに渡すものがあるだろう」

「……我らは御屋形様のご命令で急ぎ播磨国まで出向いてやったのだ。道中で兵を募ったがゆえ、なかには素性の知れぬ者らもいてな、我らとて奴等の取り纏めに常に難儀している」


 つまり、自分達の配下が城下にて狼藉を働かないとも限らない。そう、使者の眼は物語っていた。


「……叔父上」

「使者殿、ご要望はいかほどになりますかな」


 政範を下がらせ、叔父の高島正澄が前に出る。交渉役は年長者に任せよということらしい。


「先ずは手付に撰銭百疋」

「それは今すぐですか、後にされますか」


「……今すぐだ。お前らが思うより我らは気が短い」


 変な気は起こすなよ、と念を押して使者は正澄を下がらせた。

 

 (ひき)は近代まで使用された貨幣の単位。多くの場合、百疋で一貫文(銅銭一千枚)。現代の価値に直せばおおよそ15万円前後にはなる。程なくして正澄が百疋を持ってくると使者はもぎ取る様にして銭貨の束を奪い、あとは二人に興味を失ったようで用意された料理に舌鼓を打ち始めた。


 田舎の領主と侮ったあまりの態度に、政範と正澄は呆れた様子で立ち尽くす。


「なにを呆けておる。早く我らの分も持って来んか」


 一人の要求が通ると、これは(たか)れると足元を見た他七名も次々と吹っ掛け始めた。


 結局この夜に七条家が支払った『手付金』とやらの合計は千疋にも上る。


 地方領主の一晩の出費としてはとても許容できる額ではない。それにも関わらず、翌日からも使者らは横暴な態度を隠そうともせず、かえって無理難題を迫ってはエスカレートを繰り返し、なにかと口実を作っては城下の人間から金銭や物品を掠め取るようになっていった。


 弱小勢力の悲哀というべきか、播磨国内ではこうした被害の記録が後を絶たない。


 後世、天正年間には織田の軍勢が(いかるが)庄(兵庫県太子町)に進駐してきた際には、織田の兵士らが危害を加えないようにするために庄内の有力者が禁制を求めた記録がある。その際には、織田軍の佐久間信盛・信栄親子が交渉役となり、鵤庄側に対して禁制を出した謝礼金として当時としてもかなり高額な三万疋もの金銭を要求している。


 力がない者は搾取されるのが戦国の世の常ではある。


 天文二十三年の陶軍においては、七条家や赤松家側に要求された金銭に上限が定めらていれた記録がなく、郡内に禁制が施行された形跡もない。ともすれば、陶の使者からあまり公に出来ない類の金銭を強要していたのではないかと疑う在野の歴史研究家も存在するが、現段階ではあくまでも推測の域を出るものではない。


 しばらくして、政範宛に父から返事があったが「事を荒立てないよう、上月城三山全てから赤松の旗を降ろし、陶の旗にすげ替えて、今しばらくは使者を丁重にもてなせ」といった内容に、政範だけでなく七条家重臣ら現場の人間からは政元の判断を非難する声が上がった。


 だが、当主代理と現当主の言葉では重みが全く違う。


 実際、政範らが迷っている間にも、上月城下の村落では陶の使者への供出を断った酒屋が店内の甕を壊されたり、兵士の口説きに応じなかった村落の娘が嫌がらせを受けるなどの実害も出始めていた。


 こうなってしまえば、政範に領主として意地を張る利点はなく、陶の使者らの言葉に従うしかない。


 それでも同月二十九日には、政範は祖父の佐用則答に上月城周辺の窮状を訴え、則答はさらに妹婿の浦上宗景を頼って毛利方へと陶の使者の播磨での暴虐無人ぶりと今後の対処法について書状を届けている。


 しかし毛利側から有効な回答は得られなかった。


 毛利氏のもとに書状が届けられた時期を考えれば、それはそれで無理からぬ話なのだが、そのあたりは政範らには与り知れぬ所となる。


 こうして二月中旬から凡そ一ヶ月間、七条家は胸先三寸、あくまでも使者の気分次第という曖昧な基準に振り回されることになる。

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