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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十六章・西播怪談実記草稿八【天文二十三年一月一日(1554年2月2日)~】
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18・西播怪談実記草稿八1-2

 正直この時期の政範についての記録は少ない。


 いきなり当主代理と政略結婚という二つの重荷を背負わされた彼の青年時代ではあったが、新婚生活に関しては案外良好だったらしく、彼にまつわる幾つかエピソードが残されている。


 結婚当初、髪や瞳の色によって側付きの侍女らから必要以上に避けられていた妻を心配して、政範が出入り商人を通じて多くの胡桃(くるみ)を取り寄せたことがある。


 胡桃が白髪に効くという話は古くから知られた話で、古代中国の医書・孟詵食経(もうせんしょくきょう)本草拾遺(ほんぞうしゅうい)などにも胡桃の薬効の一つとして髪質の向上が記録されている。

 

 曰く、胡桃を火にくべて煙が出なくなるまで焼き、磨り潰してペースト状にしたものに胡粉(ごふん)を混ぜ合わせ、白髪を抜いた患部に塗布すれば立ちどころに黒い髪に生え変わるのだという。


 実際の効果は不明だが、永観二(984)年に丹波康頼(たんばのやすより)によって朝廷に献上された医心方(いしんぽう)にも書かれていることから、かなり昔から由緒正しい白髪対策の秘術として伝えられてきたらしい。


 他にもカジノキや桑の実を利用した毛染めや、白髪避けに良い日程調整方法なども記されているのでご興味がある方は一度目を通して頂ければと思う。


 ただし、この時の政範は胡桃の使用方法を間違えている。


 医者の薦めに従い、大量の胡桃の実を取り寄せた政範だが、彼は例の黒焼きにして塗布する術式ではなく、そのまま調理したものを妻の食膳に出し続けたらしい。乾煎り、胡麻和え、小麦粉や胡麻等と混ぜ合わせ捏ね繰り回したものを薄く焼いた菓子など、種々意匠を凝らして食べさせたのだが、ただの一度も彼女の髪が黒くなることはなかった。


 それはそれで良かったのかもしれない。


 というのも、当時の胡粉の原料は牡蠣やハマグリなどの貝殻類が主流ではあったが、より美しい白色を求めて人体に有害な鉛白なども併せて調合されていたため、若い世代で鉛中毒の被害が頻発していた。


 怪我の功名と言える。


 しかし、雪の方も全くの無事であったわけではない。比較的高価で栄養豊富な胡桃だが、種子の中には多量の油分が含まれる。第二次性徴期真っ只中の少女に、良質とはいえ油を多く含む食事を続させるとどうなるかは想像にかたくない。


 季節が春になり、備前国から戻った妹が目にしたのは、肌が荒れ、ニキビに悩む姉の姿であった。


 普段は気弱な少女も、この時ばかりは姉の為に烈火のごとく怒り、政範らと同様の食事に変えてからは雪の肌も落ち着き、花も機嫌をなおしたのだそうだ。


 笑い話のようだが、本人達は至って真面目に行ってのことなので悲しむべき失敗談かも知れない。


 もう一つは、同じく春に催された宴会のこと。


 冬が終わり、七条家では春の梅か桜を楽しむ細やかな宴が開かれたことがある。


 それは村人らとの交流を図る意図もあったらしく、少女・雪も政範の妻として宴会に参加し、素顔をさらして楽しそうに踊る様子が絵画として残された記録がある。


 当初アルビノは異様な存在として捉えられたが、少女の器量、愛嬌によって次第に好意的に見られ、宴が(たけなわ)となる頃には神秘性を帯びた神女として村人からは受け止められるようになったらしい。


 その時の宴の様子を、当時の佐用都比賣神社(さよつひめじんじゃ)の氏子が絵画に描いている。


 記録として残されるのみだが、絵画として描かれたのは合計二枚。一枚は近くの神社に絵馬として奉納されたものでこれは天正五年の戦災によって社殿と共に焼失してしまい、残りの一枚は、昭和初期までは広島県賀茂郡の個人宅に保管されていた事が分かっている。


 詳細は今は控えさせて欲しい。


 ただひとつ、二枚の絵画に関する補記として、日本では通例喪明けまでは祝事を避ける傾向があり、実兄の死後一年がまだ経過していないこの時期に、実際に酒宴が開かれたのかどうかについては議論の余地があるため、実際に絵画作成が行われた時期が天文二十三年か翌二十四年の出来事なのかどうか不明なことには触れておきたい。


 なんとも扱いに困るエピソードである。

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