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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十五章・西播怪談実記草稿七【天文二十二年十二月二十五日(1554年1月28日)~】
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17・西播怪談実記草稿七3-4


「……改めて、自分は七条政範。八十郎と呼ぶ者もいる」

「雪。本当に、ただの雪。生まれも育ちもただの人」


 白い少女と政範は簡単に自己紹介を交わす。次いで、自分が宇喜多一族に迎えられたのには目頭が横に割けるほど仰天した事と、育て親の至岳が婚礼に先立ち還俗、宇喜多和泉守家より正式に宇喜多掃部介広家の名を与えられた事を告げた。


「雪殿におかれては、さぞ驚かれたかと存ずる」

「それは、うん……」


 この半年、少女は自分の人生の変化に追い付いていない。


 生まれてこの方、妹と静かに暮らしていただけの人間が、突然備前に攫われたかと思えば浦上のお殿様の侍女の世話をなり、さらに今度は宇喜多の姫君として振舞うよう要求されるのでは本人の困惑は相当なもの。


「……今でも、自分が何者かよく分からなくなる」


 それは何も外見だけの話ではない。少女が自分の妹も今頃自分と同じように困っているかも知れないことを心配していたので、政範は鷹揚に頷く。


 そんな政範自身、自分の人生への理解が追いついていない。


 いきなり兄の死を聞かされたかと思えば、当然の様に次期当主の座に据えられ、浦上氏への人質になり、佐用郡に帰還してからは六ヵ国同盟の要になるために結婚しろと命じられれば、その重責から逃げ出したくもなる。


「なんで逃げないの」

「……逃げれば皆に迷惑が行く。そうなれば今以上の重荷を誰かが背負うことになる」


 責任感なのか意地なのか。彼の心のあり何処を見つけ出すのは難しい。


「それゆえ、我らの方こそ雪殿に迷惑をかける」


 家格としては佐用氏含め七条の血族は浦上氏の血統よりも格上に当たる。


 しかし、現在では赤松の血統も過去のものになりつつあり、今回の件も形式的には宇喜多の姫君を貰い受けたのではなく、浦上氏から宇喜多の姫君を下賜されている。


 立場が逆。政範らは少女をもてなす側に該当する。


 少女の身を案じるのであれば、姉妹で人里から離れて可能な限り人目につかぬように暮らすのが心安いのだろうが、自分達が不甲斐ないばかりにそれも叶えられない。播備作の今後は予断を許さず、ほとんど見通しも利かない。


「我らが夫婦になったところで、今の播磨は安寧とは程遠い。それでも良いだろうか」


 神妙に政範が頭を下げたことで、少女は流されるまま深々と頭を下げた。


 互いに自身に決定権がなく、嵐の中に舞う小舟の様に周囲に振り回されている点で二人は似た者夫婦と言えた。


 その後は二つ三つ言葉を交わして談笑したところで、奥の控えの間から少女を呼ぶ声が聞こえたために二人の会話は終わりを告げた。


 程なくして、政範と少女の挙式が催され、夫婦の契りを結ぶ三々九度が粛々と行われ、夫婦固めの契りが結ばれる。この時、式を取り仕切った大上臈(おおじょろう)の役には、浦上宗景の屋敷で少女の世話をしていた女御が選出されたという。

 

 一連の儀礼が終われば、この日の最後は床入りの儀で締め括られる。用意された寝所の床には新婦から入り、続いて新郎が入り、男女の仲となる。


 実際、この日の夜に男女の営みが行われたかどうかについては正確な記録もなく、下世話なので語るべきではない。なにより、筆者自身に十六歳の青年と十一歳の少女の新婚初夜の睦言を書けるほどの文才が無いため割愛させて頂きたい。


 一応、当時の一般常識としても十一歳の少女に手を出すのは流石に早いと思われた節もあり、二人が儀式的にただ同じ床に入っただけで済ませた可能性が高いと思われる事を二人の名誉のために明記しておく。


 しばらくの夜話の後、二人の寝所からは静かな二人分の寝息が聞こえてきたが、彼らを気遣って誰も離れに立ち入る者は居なかった。


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