17・西播怪談実記草稿七3-3
「此度の縁談、迷惑をかけるが受けても良いか」
「……最初から断れる話ではありませぬ」
自分の覚悟が変わらぬと、落ち着いた様子で政範が頷いたことで、政元の背後で白一色に身を包んだ少女もほっと安堵のため息をつくことが出来た。
「そうか、それを聞いて儂も胸を撫で下ろせる。万が一断られた場合、お前をどうやって説き伏せるかばかり頭を悩ませておったわ」
「親の差配に従うのも子の務め。謹んで御受け致します」
政範が申し出を受け入れると、政元は明日の支度を理由に早々に部屋を退去した。後は若い者に任せるつもりらしい。
部屋には政範と少女だけが取り残された。
「……本当に受けて良かったの」
静かな室内、少女が凛とした声を発する。
「私が貴方の立場なら、私は私自身を気味悪い女だと思う」
肌や髪の異常な白さ。それは彼女の変えられない劣等感。
「……身体は弱く武家のしきたりは知らない。家事一切、期待されても応えることは難しくて、なによりこの姿は人と違い過ぎて貴方達には迷惑をかけることになる」
肌や髪の白さ以上に、彼女の赤い眼は彼女の日中の行動をひどく制限させる。昼日向の日差しをいつもの覆面が凌ぐのだが、メラニン色素が無いために光を過剰に透過させる眼は焦点を合わせる事が極めて困難。ほとんどの場合、患者は眼振や弱視を併せ持つ。
全盲とは真逆。彼女の眼は世界を捉えすぎる。
「…………」
ぴしゃりと厳しい自己分析だが、それが彼女の自己定義。幼い胸の内で何度も繰り返し自分を刺してきた言葉なのだろう。少しだけ、少女が周囲の大人相手に物怖じせずに言葉を繰り出す理由が分かった気がした。
政範が困った様子で微苦笑を返す。
「なにかな。私、なにかおかしな事を言ったかな」
今のは政範が悪い。真面目な顔で正論を説く少女は長い睫毛を震わせて怒りを露わにした。
「否、申し訳ない。浦上殿が覆面の下をくれぐれも覗かない様に釘を刺された理由が分かっただけだ。確かに意表を突かれたが、気を悪くさせてしまったのあれば謝る。すまん」
「……え、あの人そんな事を言ってたの」
素直に政範が謝辞を述べたことで、少女の怒りの矛先が削がれる。
「ああ。覗き見れば膾にされそうな気迫で凄んでおられた」
「それは、うん、美味しくなさそう」
呆れた様子で少女が嘆息する。
姿外見は他人と異なれど、中身は年相応。
政範の脳裏に一瞬、佐用郡を賑わせた鬼の噂が横切った。が、目の前の少女が夜な夜な人を食す為に街道を彷徨い歩く悪鬼羅刹には見えない。
少女にだけは、出雲から来た白髪紅眼の鬼の話題は黙する事を決めた。




