17・西播怪談実記草稿七3-1
―3―
その存在は、久遠の昔から知られていた。
古くは日本書紀、第22代清寧天皇。和風諡号は、白髪武広国押稚日本根子天皇。あるいは貞観八(866)年の紀伊国の六人部由貴の家人二人。康保四(967)年の延喜式にも記録が存在する。
今日我々が目にする機会が最も多いのは、平安期編纂、病草紙の第十八番。
曰く、幼くより髪も眉もみな白く、目に黒眼もなし、昔より今に至るまで、まま世に出くることあり。
「……これが秘してお前に会わせた理由よ」
指定難病番号164、先天性白皮症の一種、眼皮膚白皮症。
いわいる、アルビノと呼ばれる先天性の遺伝子疾患。
患者は生まれつきメラニン色素の産生が著しく少ないか、あるいは全く欠如していることを特徴とする。
元禄年間に焼け出された松本山正覚寺の僧の供述書が正しいのであれば、少女の症例は眼皮膚白皮症のⅣ型。
第5常染色体上、膜関連輸送タンパク質遺伝子の変異により生じるⅣ型の眼皮膚白皮症患者は、少量のメラニン色素を有する。現代においては、ほとんどの人種で極めて稀な発現ながらも、日本の眼皮膚白皮症においては4人に1人がこの形質という、日本人に対して非常に特異的な発現する遺伝子疾患だという事が判明している。
目の前の少女もまた、右側面に一条のみ僅かな焦げ茶色の髪を有し、それ以外は殆どが銀に近い白い髪。薄暗い灯明の光に照らされる柔肌は初雪の如く白く、炎の揺らぎを浮かべる灼眼には深い悲しみと憂いの色を帯びていた。
「…………」
政範の口から咄嗟に出たのは、ひゅっという呼吸音のみ。
そういえば、少女は初対面の時、彼女はほぼ全身を黒い布で覆っていたのを思い出す。あの時は、やや薄手の布地だった為、山間部の冷え込み対策として複数の布を被せたのだと不自然には思わなかった。
だが、正体が分かれば得心が行く。
「どうだ。驚いたか」
「…………」
正直なところ、結婚相手が白子というのは政範にとってはかなりの不意打ち。天文十六年、先に婚礼を挙げた毛利元就の次男・吉川元春の正室がかなりの不美人だという話は失礼ながら西国中に知れ渡っていた。
あの毛利殿の御子息が御家の為に、白くも頭(頭部疥癬)にあばた面、歩く姿はガニ股、傴僂の醜女を娶ったとあらば、政範自身どんな相手でもこの婚礼話を呑み込むつもりでいた。
しかし決意とは裏腹、実際に意表を突かれてみれば、知らぬうちに自分が手中の杯を落としていたことにも気付かぬ程に動揺している。
自分の膝の冷たさを感じ、やっと政範は自分の膝を濡らすほどの衝撃を受けていた事と悟る。
「……儂とて、浦上様が和睦の条件としてこの娘の婚礼を推してくるとは思わなんだ。しかし、事前に知らせておかねばやはり動じると思ってな」
政元の父親としての気遣いに、政範は動揺しつつもありがたく頷く。
「すまんがここは冷える。火の傍へ座らせてやっても良いか」




