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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十五章・西播怪談実記草稿七【天文二十二年十二月二十五日(1554年1月28日)~】
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17・西播怪談実記草稿七2-1

 ―2―



 天文二十二年十二月二十五日(1554年1月28日)


 夕刻。七条屋敷離れ。少女が到着する少し前の時間。


 大寒を越え、佐用の冬の寒さは底を迎えていた。


 この時期は空気も冷え切り、一年の中で一番カビの影響を受けにくい時期に当たる。


 例年であれば、味噌や酒を仕込むのに最適な時期として屋敷の家人達も腕に寄りをかけるものだが、この年の七条屋敷はいつも以上に余裕が無かった。


 身分の上下に関わらず、屋敷内外の人間全員が忙しなく婚礼の準備に追われている。


 正面玄関、人の出入りの激しい門前には門火が明々と焚かれ、入口の妻戸には花嫁を出迎える人々が緊張した面持ちで到着を待ち受ける。


 母屋も同様、屋敷の主の佐用則答の采配のもと、明日の酒宴に向けて下男下女が慌ただしく駆け回る。明日の式本番には置塩の赤松総領家からも祝いの使者が訪れるとのことで、万事失礼の無いようにと則答らに余念はない。


 こと台所においては、置塩から数名の料理人が指導に来た事もあり、一種の殺気の如き空気感さえ醸し出していた。


 冬の冷気は天然の冷蔵庫、煮込んだ料理を寝かせて味を馴染ませるには持って来い。


 明日の備えがずらりと並べられる客間の後ろでは、仕入れた材料は足りているのか、器の数はあるのか、宴席を彩る紙飾りや花飾りはどうだ、誰をどの席に座らせ、何をどの順番で配膳すべきなのか等、年若い女中が、経験豊富な女房達から事細かに手ほどきを受けている。

 

 一方、離れの中はというと、先ほどまで新たに離れの主となる政範をはじめ、三つ年下の政直、六つ下の三郎(後の政茂)の兄弟三人が今宵屋敷の別室に招き入れられる花嫁について論じていた。


 いわいる男の馬鹿話。依田話に花が咲いていた。


 歳若い政茂は兄の嫁取りを素直に喜んでいるのだが、政直は思春期が始まったばかり。婚礼にはいかにも興味津々といった様子で、新たに義姉となる人物の年齢、背格好など、相手がどんな女性なのかと詳細を兄から聞き出して囃そうとしていた。


 三兄弟は皆女を知らず、周りに女の影もない。そのためか異性の存在に幻想を抱くのも無理からぬことかもしれない。


 そんな中、新郎の政範はといえば、作法に従い、用意された膳を食しながら静かに新婦の到着を待つ。言葉数は少なく、なんのかんのと喚きたてる弟を肴に今年しぼられたばかりの新酒にも口を付けている。


「……兄貴はつまらん。実際に会いもしたのだろう。そんな稀有な例は普通はないのだと早瀬の叔父上も言っておられたぞ」


 早瀬の叔父上とは早瀬帯刀正義。正義は佐用則答の次男で、政範らの叔父にあたる。この時期の正義は、宍粟郡柏原城の主として宍粟宇野氏に睨みを利かせる最前線の任務に就いていた。


 今回は宇野氏が和睦を受け入れた事もあり、早めに七条屋敷のほうに顔を見せ、実父佐用則答とともに明日の準備に当たっていた。


「こう、兄上はもう少し女というものを執着せねば。新たに義姉上なろうという御人がどんな御方で、なにを好もうかも聞き出そうもせず、ただ漫然と過ごしていたのであれば、そのうち呆れられもしましょう」


 余計なお世話である。


 政範からすれば、周囲がこの先の未来を見据えて決めた事として既に受け入れている。自分個人が怒鳴りがなろうと何も変わらない。相手にも家にも迷惑がかかるだけだ。


 それに嫁いでくる相手も、ほんの一時をともに過ごしただけだが、相性は悪くはない。人間万事塞翁が馬という言葉もある。事前に相手を知れたことは不幸中の幸いと政範は嬉しく思う。

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