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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十三章・西播怪談実記草稿五【天文二十二年十月二十三日(1553年11月28日)~】
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15・西播怪談実記草稿五4-3


「当家には、宇喜多直家という者が居る。儂の眼に狂いがなければ、彼の者はなかなかの才を持つ。儂としてはこれから奴を重用する機会も増えるため、彼の者とも(よしみ)を通じたい」


 詭弁である。困難は分割し、面倒は誰かに押し付けるに限る。そう、父が行ったようにすれば良い。面倒事をひとつ所に墜とし込めば、監視の目も一つで済む。


「……この者に一人、儂の男を送り込む。その者に『うきた』を名乗らせ、男の家族を七条殿の御子息と婚儀を挙げさせる案はいかがなものか」


 七条政範は、血筋としては赤松家当主の甥。宗景が赤松家重臣の家族を娶るように、赤松家側にも浦上氏重臣の家族を娶らせる。論理的には対等な関係となるが、赤松家当主と浦上氏当主を縛る糸ともなれば生中な血筋では釣り合うまい。


 どこからか、条件に当て嵌まる者が居るのかという声が聞こえた。


「皆の疑念も当然分かる。が、目星は既についておる」


 宗景の視線が今度は山名家側の禅僧に向けられた。


「……此度の会合において、我らには感謝せねばならぬ功労者がいる。その者は備前砥石山の浮田大和守の下から、備前と播磨の親尼子派の密かに内情を流し続けた。数の少ない我らだが、こうして辛うじて先手を打てておるのはその者の助力に依る」


 だから、報いる必要がある。


「その者の名は」


 禅僧の問いに、宗景がはっと唾棄するように肩をすくませた。


「……堀内某という。貴様が知らぬとは言わさぬぞ」


 禅僧の表情が非常に険しく歪んだ。


 他に数名ばかり顔色を変えた者が居たが、赤松総領家の使者には確実に宗景の意図が伝わっていない。なんとも浦上殿は不思議な提案をするものだとばかり、言葉通りにのみ提案を受け取っている。


「さて、聞くところによると、其奴はそこなる禅僧が現世に置き忘れたものだと聞く。貴様が何ゆえ仏門に入り直したかは知らぬ。しかし貴様、儂の父と主従の誓約を交わしていたらしいな」


 至岳がまだ堀江の姓を名乗っていた時分の話。


 かつて享禄四年の尼崎では、越前侍のひとりとして宇喜多能家隊に従軍。最初期から最前線で天王寺から阿倍野にかけての戦闘にも参加。浦上軍総大将敗死の折には、宇喜多勢が指揮崩壊せぬように雑兵どもを叱咤激励しながら備前国までの撤退行を共にした経験を持つ。


 今ではあの凄惨な時期を生き延びた兵士達も世代交代をしたが、それでも堀江広家の名を覚えている者は備前国にまだ存命。彼の名を懐かしむ者も居た。


 慢性的な人的資源不足に悩まされている備前独立派からすれば、経験豊富で自軍の兵士から好印象を持たれる年長者の存在は咽喉から手が出るほど欲しい人材といえた。


「聞けば山名とも浅からぬ(えにし)を結ぶ御仁。これは奇貨也。今一度浦上の旗の下に帰参せよ」


 皆の視線が一点に集中し、禅僧の双肩にこの会合の総てが伸し掛かる。


 その重圧に耐えきれず、至岳が沈痛な面持ちで頷くと同時に、彼の口が小さく浦上村宗の名前を呟き、次いで村宗に対して詫びを入れているように動いたのを宗景は見て見ぬふりをした。この瞬間から禅僧の枯れ錆びた時間は再び武士としての時間を刻み始める。


 逃れよう、隠れようと、戦国の世の大津波は全てを吞み込んで大きく鳴動する。


 堀内広維が宇喜多姓を(たまわ)ると同時に、至岳もまた宇喜多広家として宇喜多一党に名を連ねることになるのだが、広維を幼少期から知り、彼に日の目を見せたがった唯一無二の友人である宇喜多直家がどんな思いで宗景の決定を聞かされたのかは知る由もない。


 直家はこの日より間を置かず、広維を自らの義弟として迎え入れることを受諾している。


 結局のところ、四者会議の結末は七条家に象徴を求めることで落ち着いた。


 七条政範と宇喜多広家の娘が婚礼を挙げるのは、事態が急を要することから再来月の十二月。会場の準備は赤松総領家が行い、婚礼用の調度品の準備は浦上氏が取り仕切る。山名家は祝いの品を贈り、挙式にかかる費用の大半を宍粟宇野氏らが背負うことで皆が同意した。


 宇野氏には媒酌の名誉も与えられ、この日の会議は結論に至ったのである。


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