15・西播怪談実記草稿五3-1
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播州高尾山福圓寺、鐘突き堂。
もう随分と北風が吹きすさぶ季節。昼過ぎとはいえ、日差しの中には夕暮れの気配が早くも住み付いている。
この時代はまだ一日二食。現代では遅めの昼食となる午後二時くらいが当時の昼飯時。
鬱蒼した雑木林に囲まれる鐘突き堂では、四、五名の兵士達がわずかに残った日溜りを求め、身を寄せ合うようにしてポリポリと糒を食んでいる。境内を見渡せばそこかしこで兵士達が小さな落ち葉焚きを作っては束の間の暖を取っていた。
彼らは宗景の姿に気がつくと、罰が悪そうに護衛の輪を広げた。
親の心子知らずならぬ、主の心部下知らず。兵士らの輪が囁く程度の声では届かぬ距離まで広がるのを待ってから、安心した様子で宗景は鐘突き堂前の階段に腰を下ろす。
「……ここで良かろう」
宗景は則答にも座るよう促したが、則答は頑なに固辞した。
「なにか、話がでも」
あくまでもしらばっくれようとする佐用則答を制し、嘘偽りを許そうとしない眼差しに射貫かれて即答は目を僅かに眇める。
「総てを話せ」
「手厳しいですな」
洗い浚い、全てを。宗景は無言の圧をかける。
「……もう二十年程も昔の出来事です」
当時佐用氏の家督を継いでしばらく経った則答のもとに、播磨備前国境の山越えを行って佐用郡に入り込んだ二人組の男女が訪ねてきたことがあった。
一人は侍女風の女で、もう一人は若い侍。
二人が言うには、自分達は備前砥石の宇喜多様の城で世話になっていたが、何者かの襲撃を受け、夜通し備前国境から尾根沿いを歩いて落ち延びて来たのだという。
「……実は、二人の男女が我が領内に辿り着く前夜、私の枕元には摂津国大物で討たれたはずの村宗様が立たれたのです」
夢枕の村宗は、何を言うでもなく、深く、深く則答にただ一礼をして消えていった。
目覚めた則答は不思議な夢を見たものだと思い、朝の支度を整えながら妻にでも話してみるかと思った矢先、番兵から見知らぬ人間が領内に入り込んで来たという報告が入った。
「私には、その二人が兆しに思えました」
最初はただの仏心。
疲れ切った彼らの話を聞き、哀れに思った則答が佐用郡滞在の許可を与えると二人は深く感謝の言葉を述べた。いずれ芽吹く花もあろうと、佐用氏庇護のもとで時節が訪れるまで隠遁していく事を決めた。
二人にあてがわれたのは佐用郡北部、猪伏の里。
山奥の彼の地は隠れ住むのにうってつけの土地。古くから陰陽道に通じた一族が土着し、その年の農作物の出来不出来や合戦の吉凶だけでなく、郡内の重要な節目節目を占うために以前より親交が深い関係が結ばれていた。
二人を新居に案内する際、ふと思い立って馴染みの陰陽師宅に向かい今朝の夢を占わせてみると「西方は吉、東方は凶」という結果が出た。不思議に思い、則答が何度占わせても結果は等しく同じで、夢の御告げが一筋縄ではあるまいと幾分かの謝礼を渡して止めさせた。
帰路、なんとも釈然としない則答だったが、やがて行商人や物見からの報告が二人の証言と一致し始めると則答の疑念は確信に変わる。




