14・西播怪談実記草稿四2-3
目出度やな 君が恵みは 久方の 光り閑けき春の日に
不老門を立ち出でて 四方の景色を眺むるに
峯の小松に雛鶴棲みて 谷の小川に亀遊ぶ
君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
命ながらへて 雨塊を破らず 風枝を鳴らさじと云えば
また堯舜の 御代も斯くあらむ
斯程治まる御代なれば 千草万木 花咲き実り 五穀成熟して
上には金殿楼閣 甍を並べ 下には民の竈を 厚うして
仁義正しき御代の春 蓬莱山とは是とかや 君が代の千歳の松も 常盤色
変わらぬ御代の例には 天長地久と 国も豊かに治まりて 弓は袋に
劔は箱に蔵め置く 諫鼓苔深うして
鳥もなかなか驚くようぞ なかりける
「……なんだそれは。嫌味のつもりか」
「いいえ。私は教えて貰った成果を聞かせただけ」
曲目は、蓬莱山。遠い薩摩国では琵琶歌の〆に歌われるのだという。昼間の法師がいうには、本来は少女の持つ平家琵琶では演奏されることは無いのだが、演奏には彼女なりのアレンジが加えられていた。
気にくわない娘だと宗景は思う。
この屋敷には宗景からすれば思い通りに動かぬ人間が多過ぎる。そう言えば、今日はもう一人の気に入らぬ代表格の人間の姿を見ていない。あの鰻男が何の用か聞いていないがろくな用件ではあるまい。
「宗景様ぁ」
噂をすれば影が差す。脳裏に過っただけで声が聞こえるとなれば、それはもう物の怪の類ではないか。
「……なんだ喧しい。帰ったのなら帰ったで黙っておれ」
例の鰻男が庭先からにゅるりと首を出す。
「先に宗景様のお探しになられていた若者ですがなぁ、はてなあ、何処かで見たような気がするんですわぁ」
何食わぬ顔、鰻男が揉み手をしながら宗景を見上げる。毎度嫌らしい顔だと思うのだが、男の顔には普段の三倍増しの下卑た色が滲み出ていた。謝礼を要求したいらしい。
「チッ」
宗景が、手水鉢に蠢く不快なボウフラを見る眼で鰻男を睨み、足元の泥濘に金子を投げると男は嬉しそうにいそいそと走って拾い始めた。
「……おい。件の者は何処に居る」
すっと鰻男が指を指す宵闇の先、雨音に混じって裏口の門がギィと音を立てて開くのを少女は聞き逃さなかった。




