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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十二章・西播怪談実記草稿四【天文二十二年十月二十日(1553年11月25日~)】
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14・西播怪談実記草稿四2-1


 ―2―



 同刻、天神山麓。浦上宗景の屋敷。


 そぼ降る秋の雨を見上げる影が一つ。


 少女はこうした雨の日を好んでいた。より正確には、雨の日だけではなく、厚い雲に覆われた曇りの日や、夕闇迫る誰彼(たそがれ)時、朝焼け迫る彼誰(かわたれ)時などが彼女にとって外の世界と繋がることの出来る貴重な時間だった。


「……何を見ている」


 いつの間にか少女の後ろに浦上宗景の姿があった。


「雨が流れるのを、屋根に落ちてくる音と共に」


 庭木を滴る雨粒が時折トトンと音を鳴らせ、屋敷の板屋根の上で一際大きな音となる。風情を楽しんでいるのかどうか、宗景には少女の瞳からその表情を読み取ることは出来ない。


「ふん、女子供の言う雅など、ただの戯言よ」

「そう」


 興味なさ気に、少女が手元の琵琶を嫋と掻き鳴らす。


「なんだ、上達したのか」

「…………」


 少女が黙ると、宗景が先を促す。


 この少女、先の一問一答において、特技に何があるのかを問われたとき、「琵琶を少し」と答えたのだが、実際に演らせてみるとなかなかどうして見事に()って魅せる。年端も行かぬ子供ながら張りのある声の響きと、その人目を惹きつける容姿が相俟って彼女独自の世界観を作り上げていた。


 彼女の演目は、平曲。今日(こんにち)では平家物語と呼ばれるもの。


「……お前に師事したのは当道(とうどう)の者か」


 当道、あるいは当道座は、当時としては世界的に珍しい政府公認の男性盲人のための互助組織を指し、少女の生きた時代では、主に畿内を中心に広く活躍していた。


 座の起源としては、南北朝の時代まで遡り、修行中に失明した播磨国書写山円教寺の僧・明石覚一の手によって立ち上げられている。


 広く世に浸透していた理由としては、覚一が足利将軍家の出身(一説に足利尊氏の従弟)であったことから、後醍醐天皇の覚えめでたく、天子の勅許を得た上で座が設立されたという異例の経緯があり、検校、別当、勾当、座頭などの位階制度も同じ時期に覚一らによって考案されている。


 覚一個人の功績はそれだけに止まらず、座の初代惣検校となった覚一が、それまで種々存在していた平家物語を纏め上げた覚一本(かくいちぼん)を成立させ、現代の私達が耳にする『平家物語』の大半は彼の業績が(ほとん)どを占めている。


 詩作の方も相当なもので、「夜の雨の窓をうつにも砕くれば心はもろきものにぞありける」の歌が時の後小松天皇(もしくは後醍醐天皇)の耳に入り、「雨夜」という号と共に、高貴な人物のみ着用が許された紫衣を賜ったという逸話も残るほどの腕前だった。


 盲人の身でありながら後世にここまでの業績を残せた人間は他に類を見ず、時代の傑物といえるだろう。


「ごめんなさい。私に琵琶を教えてくれた人は、いつも知り合いが連れてきてくれたから」


 そう言いつつも、少女が鳴らすのは比較的小型の平家琵琶で、歌の内容も一方流の系譜。それくらいの判別は武家の宗景にも出来る。


「……ふん、何処の誰かか分からん奴に教わったにしては筋が良いな」


 恐らく、少女の話に出てくる坊主が毎回連れて来る人間とやらはそれなりに教養がある人物なのだろう。もしかすればそれなりの身分もあるのかも知れない。少なくとも少女は平曲の意味を理解し、人の世の機微をつまびやかに謳い上げる。


 そうでなければ、この年でこんな艶は出まい。


 宗景はそれが気に食わない。


(餓鬼は餓鬼であるべきなのだ)


 不遇な幼少期を過ごした宗景だからこそ、満足な子供時代を過ごせずに大人に成らざるを得なかった眼前の少女の痛ましさが耐えられなかった。


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