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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十二章・西播怪談実記草稿四【天文二十二年十月二十日(1553年11月25日~)】
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14・西播怪談実記草稿四1-2

 日暮れ近く迫りくる山の気配に、小雨は冷雨に変わりいく。晴れの日であればそれでも命を永らえたコオロギの声のひとつでもしよう。だが、こう凍えてしまっては、わずかに生き残った虫達も草間を這い出る気概もあるまい。


 だんだんと闇に溶けていく自分達の足音だけが、暗い田土集落の中で異様に響き渡るように政範には感じられた。


 相も変わらず集落に人の姿はない。(みの)笠姿の男が四人。濡れた古木の香りのする辻の堂の軒先を借りて下男が灯りに火を点すと、ほんの少しだけ闇を切り取るように光が広がり、格子窓の内、堂の中央に小さな地蔵菩薩が一体、雨に(けぶ)る晩秋の集落を静かに眺めて鎮座しているのが見えた。


 地蔵の足元には今年取れたのであろう米や餅が供えられ、村人から信仰の対象として親しまれているらしい。政範もここまでの道中無事の感謝と、これからの道中安全のために心の中だけだが一礼をしておく。


「……この堂を右手に。屋敷までは真直ぐ故、もう迷われることはないでしょう」


 一足先に行って裏口の鍵を開けておきますと言い残し、堂を出て、夜の雨に消える下男を見送った一同を、轟っと今しばらくの秋風が包み込んだ。


 これから敵本拠地に忍び込もうかという瞬間において、政範がふっと息を漏らす。


 土地勘の無い場所で、幾度か浦上兵の番所を通過する度、無意識下での緊張がどっと疲労感となって表れたらしい。


「若、どうされましたか」

(いや)、思ったより気を張っていたようだ。叔父上殿はこうした任務を何度も(こな)しておられるのだな」


 叔父・高嶋正澄の心労をしみじみと思う。それよりも、と政範の指す指の先。真っ暗闇の道の奥で、新たに一つの灯りが点ると、続けて二度の明滅を繰り返した。


 下男の合図。無事に屋敷に到着したらしい。現在は屋敷に見張りはおらず、予定通りに裏口から近づくようにとの意味合い。危険が近づけば再度明滅があるとのことだが、特にそんな気配は感じ取れないように思える。


「……さて、もうひと踏ん張りというところですか」


 夜気に奪われた体温を幾分か取り戻すと、意を決し、政範らも堂を出る。


 灯火は無い。足先の感覚を頼りに、水溜りに注意をしながら道の先の灯りを目指して歩くこと四半刻(約30分)。幸い足音は雨の音が覆い隠してくれている。暗夜の利を味方につけ、屋敷の裏門をくぐると同時。


 ―――(じょう)……。


 いつか何処かで聞いた音が、政範の耳を捉えた。



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