13・西播怪談実記草稿三3-2
「……昨年十一月の都での戦では五条が焼かれ、仁和寺も焼失。今年の八月の戦では東山各所を灰燼と成り果て足利の将軍様も東山霊山の本拠地を追われたと」
更には、勝ち馬に乗ろうとする阿波の細川一門の思惑もあり、京の情勢はより複雑化の一途を辿っている。
「聞いた話よ。近江朽木(現・滋賀県高島市朽木)に押し込まれた将軍家から、まるで季節の便りのごとく援軍要請の檄文が届くと少し前まで兄が嘆いておられたわ。正統でない者が日ノ本の中央におるので取り除く手伝いをしろ、とな」
かつての大大名の山名家には、その力が無い。代わりとして、越前朝倉氏が自家の勢力拡大を条件に将軍家への援助を買って出たという真偽不明の噂もある。
「しかしな、今の兄には将軍家の先行きよりも生野の鉱山を開発することで頭がはち切れんばかりらしい」
掘れば掘るほどに湧き出るが如く見つかる銀の山の魔力は、落ち目の山名家当主の眼を眩ませるのに十二分に怪しく輝いている。
「広家殿よ」
「至岳です」
「……広家殿よ。お主も亡き主に尽くすのは虚しいとは思わぬか」
悪いことは言わぬ、と豊定が前置きを入れる。
「今からでも越前に戻り、吉祥の山(永平寺)での生活に戻ることは叶わんのか。残された者どもくらいならば、この広い因幡国、幾らでも隠れ住むこともできよう。儂も儂の手の届く範囲で援助を続けることを約束いたそう。それでお主も区切りとせんか」
「無理を申されますな。それが出来かねるからこそ、貴方の奥方さまも我々を因幡へ呼ぶことを案じておられたのです」
それに、と至岳が言い淀む。
因幡国では山名氏の勢力が安定しているのは比較的人口の多い東部に限られる。見知らぬ土地で見知らぬ者が新たに生きる苦しみは、至岳も豊定も味わい尽くした。
「……私は、あの方から託されたのです」
至岳の頑なな態度に、豊定がやれやれと肩をくすめた。説得は不可能と感じ取ったらしい。禅僧にかける言葉を全て飲み込むためか、因幡東部の主が藻塩を肴に杯を呷る。
「……好きにしろ。備前には縁のある者を使わせた。明朝になれば馬を回す。お主はそれで赤松の小童めに書状を届けよ」
「感謝致します」
「白々しい事を。小癪を通り越して、いっそ小気味が良いわ」
豊定が二度手を鳴らすと、小姓が追加の肴を用意し始めた。
「兄の眼が白金に眩んでいて良かったな。今宵はワシの酒に付き合え」
合図と共に、顔見知りの山名家配下の将達が四、五名ばかり宴席に呼ばれ、かつての知人達と少し前までの備後戦線での合戦模様に花が咲く。夜も更け、宴も酣といった所で、気がつくと禅僧は姿を消していた。彼の席では料理数点に口をつけた形跡があったが、酒は最初の三杯のみでそれ以上は呑んではいない。
暁を待たずして馬の嘶く声が響き渡り、禅僧が旅立ったのを豊定は静かに見送った。
「感謝、な」
「……その言葉、ただの坊主としての言葉か、それとも越前国坂井郡堀江郷の主、今は亡き越前守護・斯波氏と運命を共にした堀江一族、その末裔・堀江広家としての言葉か」
豊定の見つめる朝靄の中に、遠くもう一度馬の嘶きが聞こえた気がした。




