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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十章・西播怪談実記草稿二【天文二十二年(1553年)~】
105/277

12・西播怪談実記草稿二4-1(カラムシの話)


 ―4―


 

 同、十月十四日(1553年11月19日)、英田郡某所、夕べ。


 

 集落内でも有数の富農の家にて、部屋の片隅からトントンと木槌の音が響く。


 中を覗けば、近隣の女衆が集まり、夏の間に収穫した青苧(あおそ)から糸を作るために、皆が集まっていた。


 青苧は古代麻の一種で、原料はイラクサ科の多年草カラムシ。木綿栽培が大陸より伝わるまではカラムシが繊維の主流として日本各地で栽培されていた。この時期の日本において、綿栽培は畿内や三河国(愛知県東部)の平野部で始まったばかり。全国的にも衣料用繊維の大半をカラムシ製品が占めていた。


 このカラムシという奇妙な名前は、平安期、承平年間(931年~938年)に編纂された辞書・和名類聚抄(わめいるいじゅしょう)にも見受けられ、古い時代、(から)から繊維を取るのに(むしろ)で蒸し、自然発酵させたことが語源だとされる。


 そのため、単にムシ、ムシヲ(ヲは苧の意味)などと呼ぶ地方もある。


 後世、備前国から備後国にかけての瀬戸内一帯が木綿の一大生産地として広く知られるようになるのは、江戸時代、吉備地方(岡山県南部)の干拓事業が本格化してからとなる。


 そんな女たちの中に、播磨国佐用郡で見かけた少女がひとり。


 少女・花の姿がそこにはあった。


 彼女が手に持つ木槌で叩くのは、野生のカラムシから採取した肌理(きめ)の粗い青苧。


 夏場、収穫したばかりのカラムシから枝葉を落とし、芯部と外皮を分け、さらに外皮から繊維を取り出す工程をカラムシ引きといい、毎年盛夏を迎える頃からお盆くらいにかけて女性を中心にこの作業が行われる。


 そして、カラムシ引きの終えた繊維を陰干しし、一定の量ずつ束ねたものが青苧(あおそ)と呼ばれ、市でも売られるようになる。


 農作業がひと段落つけば、この青苧を細く割いて繊維を取り出す作業、苧績(おう)みを経て、繊維同士を寄り合わせて糸を紡ぎ、さらに煮て灰汁に晒し、枠にかけて(はた)で女たちは反物を織り上げていく。


 畑で栽培された肌理(きめ)細かく雑味のない上級品は献上品や売り物として仕立てられるが、外皮が混じっていたり繊維の粗いものはこうして少し湿らせ木槌などでコンコン、トントンと叩くことで不純物を取り除いた後、主に家庭用として使用されるという。


 カラムシの軽く強靭で通気性にも優れた繊維は古くから親しまれ、種々の用途に合わせて縄文時代の遺跡からも発掘されている。日本人にとって馴染み深い素材といえた。


 反面、非情に手間暇のかかる繊維でもあり、現代の熟練者でも衣服一着分の糸を紡ぐのに二週間程度。戦国期の一般女性であれば、居座機(いざりばた)一台で一冬に一着か二着分を織るのがせいぜいだったという。

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