12・西播怪談実記草稿二2-1
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同、十月八日(1553年11月13日)、昼。
佐用郡七条屋敷。屋敷奥の七条政元の私室が、祖父の臨時の政務室となっている。
戦場での出来事の報告するために三方東荘から戻った七条政範を待っていたのは、祖父・佐用則答と、それと男がふたり。
二人の男は、墨染めの衣をまとう四十代の禅僧と二十代の武家風の若い男。
どちらの衣類もそれなりに汚れていたが、たたずまいから身なりの良さが分かる。それなりの身分であろう二人の男たちは、背中を震わせながら額を床に付け、背後にただならぬ気配を滲ませていた。
「……政範、よく帰ったな」
「祖父殿、こちらの方々は」
政範が視線を向けると、禅僧姿の男は頭をさらに深く沈み込ませる。
この禅僧に見覚えがある。政範が集落間の巡回を行っているときに、たまに佐用郡内の市場にも姿を現し、七条屋敷にはいままで数回、祖父の屋敷には月に何度か出入りしているのを見かけた記憶がある。
「客人、ですか」
禅僧は顔見知り程度には覚えていたが、若い男は完全に初対面。
がっしりとした顔立ちに切れ長の目。年の頃二十歳を過ぎているだろうが、身にまとう雰囲気からは亡き兄・正満よりも若い印象を受けた。
恐らく二人とも祖父の知り合いだろう程度の知見はある。一体何事なのかと胡乱な眼差しで祖父の方を向くと、則答は首を横に振る。
まずは黙って二人の話を聞けということらしい。
「……こちらは至岳殿。まずは頭を上げられよ。政範、お前も戦場帰りで疲れておるだろうがまずは座れ」
至岳と紹介された禅僧が則答にうながされ顔を上げる。彼の目は酷く血走り、眼下の隈が色濃く疲労の色が激しい。隣の若者も同じ様で、二人が酷く憔悴していることが見て取れた。
「突然の来訪、本当に申し訳ありませぬ。自分は普段は備前国の雲水、至岳と申す。佐用様とは縁があり、こうして若様にお目通りが叶うこと恐悦至極に御座います」
隣の若者も、うやうやしく政範に頭を垂れる。
「この度は、佐用様と若様に折り入ってお願いがあるのです」
「……火急の用件とのことだ」
則答の声色からあまり好くない内容。
「若様は、夏に備前の兵士が佐用郡内を越境しようとしたのを覚えておいでですか」
当然。よく分からないうちに弟の初陣が終わり、華々しく幾つもの敵の首級を獲って見せると息巻いていた政直が臍を曲げたため、政範もなんのかんの宥めるのに苦労したのが昨日の様に思い出せる。
「なるほど。若様と弟君は南の秋里方面からの備前兵に備えていらっしゃったのですか」




