怒涛の一撃
「馴れ合いはその辺にして、早く行動を始めなくては」
長身男が口男開く。出てくるのは毎回毒ばかり。どうしてコイツは喧嘩腰な言葉しか吐けないんだ? まあ、国が国だし仕方ないのか。仕切ってるのが矢神だとな。
長身男の言葉に苛立ちを感じながらも何とか堪えています、というような表情でゼルさんは「そうだな」と答えた。こっちもこっちで喧嘩が起こりえない。長身男は無意識でやってんのか、わざとやってんのか……常に無表情だから分からないな。
「まあよい、私とゼルは姫と組ませてもらおう。イオリ、フルル、リリアンはその二人組と組むのじゃ」
「やっぱそうなるよな……戦力的に大丈夫か?」
不安そうに呟いたゼルさんの腕を、白露さんは肘でど突く。「気を使え」と小声で言っているようだ。この態度の悪い長身男と俺を殺そうとしたガキはいるものの……矢神がいないだけマシか。
そんな事を考えていると、矢神は静かに口を開いた。
「わたしはこっちの男と行動するわ。リンクス、貴方はこの二人と行動できる?」
「うん、分かったよ」
矢神は周りの反応を無視して話を進め始めた。アンジュの皆もコイツの自分勝手に言葉を失っている。
ちょ、待ってくれよ……俺を殺したコイツが俺を指名する……こんな死亡フラグの確定演出、他にあるか? 百パーセントいや、それ以上の確率で殺される。
「おい、勝手に決めてんじゃねぇよ! 自分勝手すぎだ」
「あら、人聞きが悪いわね。わたし達の意見を聞かずに指示したのは貴方のお嫁さんのはずよ?」
矢神は得意げに鼻で笑った。ゼルさんは無言で俺の目を見る。きっと俺の反応によってどうするか決めるつもりだな。
そうは言ってもどうすれば……もし何かあったら相手は矢神と長身男(ディア―ブル一の騎士)俺ら三人で力を合わせてもきっと勝ち目はない。だけどここで逃げたら矢神で負けたようで……俺のプライドが許さない。
――……よし、やろう。
コクリと俺が頷くと、ゼルさんも頷く。それを見た矢神はからかうような、あざ笑うような皮肉な笑みを再び見せた。
クソッ……今に見てろよ。そんな余裕も無くなる程ボロボロにしてやる……。まあ、今回の相手は最悪な事にコイツじゃないんだよな。
「分かった。もう意見はないか? ないなら早く行動に出ようぜ」
「ここは長い一本道じゃ。来た道を戻るのは私達のグループ、先に進むのがイオリ達のグループとしよう」
ややこしい話は苦手なのか、面倒臭そうに言葉を放つゼルさんに代わって、白露さんはそれぞれの方角に指を指しながら説明を始める。
「何かあったらMPMで知らせろよ? じゃ、解散だ!」
そう言うなり飛ぶような速さでゼルさんは暗闇に消えていってしまった。そんなゼルさんに呆れた溜息を大きくついて、白露さんもガキも後を追って消えていってしまった。
さて、取り残された俺たちは……暫く無言の時間が続いた。矢神を睨む俺、それに気付かないふりをする矢神。そんな俺を強く睨む長身男、気まずそうに俯くフルル……そして目を閉じてフラフラし始めるリリアン。
「いつまでこんな事してるつもり? あのリーダーがいないと何も出来ない子なのかしら?」
「……何だと!」
「イオリ! やめるでござる!」
矢神に掴みかかろうとすると、一瞬で影のように静かに矢神の前へと出る長身男。そしてそんな俺の腕に必死にしがみ付き、止めようとするフルル。
駄目だ、やっぱりコイツの一言一言でイライラしてって……コイツのペースで踊らされてる。冷静にならなくては……
「とりあえずゼル殿に言われた通り、皆で前に進むでござるよ!」
「あ、ああ……悪い」
少し呆れたような、でもどこか不安そうに見えるフルル。自分だって怖いよな……それなのに俺の事気遣ってくれて、止めてくれて……俺よりよっぽど大人で冷静だ、見習わなきゃ。
その表情を見極めてか、矢神はクスッと笑うと歩き始めた。それに続いて無表情のまま歩き出す長身男。どこまでも腹が立つ奴だ……
「そういえば、貴方に話したい事があったのよ」
矢神はこちらを向いて笑顔で話しかけてきた。今更あの時の事を謝ろう。なんて事はないよな? そんなんで許せる訳がないだろ。
「セレモニーで貴方が言っていた事が気になって、処刑リストを探したの。でも貴方の顔は載っていなかったわ。わたしが処刑以外で人を殺すことはないわよ」
得意げに淡々と言葉を並べる矢神。予想を裏切られた上、白々しい態度。俺の怒りは更に増した。耐えろ俺……ここで殴り掛かったらまた迷惑をかけてしまう。
「だから…………きゃっ!」
言葉を続けようとしたその時……矢神は木の根っこに躓いた。そしてまたもや一瞬で矢神を支える長身男。コイツは過保護すぎるくらいに監視が鋭い。
そういえば、矢神は俺と同じで驚異的な視力を持っていないのか、足元が見えていなかっただけなのか……後者ならどうやってそんな能力を手に入れたのだろう。
「姫も目が悪いでござるか?」
「失礼ね……貴女達が良すぎるだけでしょ」
矢神は面白くないと言いたげな表情で腕を組み、プイッと頬を膨らませた。
まあ、そりゃそうか。驚異的な視力が手術をせずに手に入るなら未来に目が悪い人などいないよな。そんな魔法でもあるのかと希望を抱いた俺が馬鹿だった。
「お前もこの世界の人間じゃないからだろ。俺だって驚異的な視力はないんだ」
俺が何も考えずに放った言葉で場は凍りつく。悲しげな表情になる矢神、それを見て今までより更にきつく睨みつける長身男。何かまずい事でも言ったか……?
「わたしは生まれた時からずっとディア―ブルの人間よ? ……ね、ルプス?」
「……無論、その通りでございます。こんな男の戯言など気にするに値しません」
何だコイツ……いつもの様に馬鹿にするようにとぼけるんじゃない、初めて見る心の底から溢れ出るような悲しげな表情。もしかして本当に矢神じゃないのか……? でも、体格、顔立ち、髪、声……全て矢神と同じなんだ。俺は一体何を信じたらいいのか?
「イオリ、それはさすがに「フルル、危ない……」
苦笑いで俺に話しかけるフルルの胸に、勢いよく飛び込むリリアン。その反動で二人は木の幹へと倒れ込んだ。突然の事で放心状態になるフルルに駆け寄ろうとする。……と、俺の目の前を何かが過ぎて行く。
「狙撃銃……狙われてる」
「助かったでござる! 回避は得意だから任せるであります!」
狙撃銃……? 俺の間の前を通ったあれは弾丸だったという事か? つくづく今日は運がいい。掠めはするが当たらない。当たらなければ何とでもなる。まあ、そんな運はずっと続く訳がない……という事は!
「よし隠れる! あとは頼んだ!」
俺は皆を取り残して木の幹に隠れた。こういうのは逃げるが勝ち。相手は狙撃銃、こっちは魔法もまともに使えない丸腰状態。負け戦は捨てるのが俺だ。
「……煩いなぁ」
「リリアン、いくでござるよ!」
フルルはずっと背負っていた大きなリュックから一つの短銃を取り出してリリアンに差し出した。それを無言で手に取るリリアン。
途端に大きめな狙撃銃に形を変える……これは本物の銃を魔法で大きくしたものか? それともこの銃自体が魔法の一種なのか……
「……さあ、撃ち抜くよ」
いつ弾丸が飛んでくるか分からないというのに、リリアンは道の真ん中で膝を付き、銃を構えた。その表情に眠気は見えない。初めて見る真剣な顔。
俺はごくりと息を呑んだ。
この位置からだと見え辛いが、フルオートライフルのような形をしている。あんな小さな体でいとも簡単に狙いを定めている。いつもがだらしないだけあって、そのギャップに開いた口が塞がらない。
そして凄まじい音と共に放たれる弾丸。すぐに不満そうな顔をフルルの方へと向けるリリアン。外したのか? それとも威嚇しただけか?
「早く撃ち抜きたい……」
「それでは早く撃つでござる! ほら! ほら!!」
急かすようにリリアンの隣に座りこむフルル。いつ撃たれるかも分からないのに呑気なものだ。矢神も長身男も何事も無かったかのように会話している。何でそんなに悠長にしてられるんだ。
「無理、遠すぎる。威嚇射撃くらいしかできない」
「??? じゃあそれでいいでござるよ!」
全く意味を理解していないようだ。俺はFPSを少々かじっていたから多少は理解できるが……こればかりは全て説明し始めるとかなり時間がかかる。それを一番理解してるのはリリアンだ。凄く嫌そうな表情をして考え込んでいる。
「ちょっと、早くしなさいよ……待ちくたびれたわ」
「誰? ……うるさいなぁ」
「誰?」と言われたのに腹を立てたのか、矢神の口角がピクリと上がる。フルルと同じでコイツも理解できていないようだ。長身の男は……相変わらず無表情か。
ここでまた喧嘩を始めたら本当に皆殺しされるかもしれない、それだけは勘弁だ。早く追わなければいけないが、敵は俺達が追っている事に気付いている、それどころか位置さえも把握しているようだ。
「リリアン、早く撃たないと逃げられるでござるよー……」
「うるさい……射線がずれる」
「早くしてちょうだいな、連射はできないの?」
「……っ!」
確かに皆の言っている事は分かる。だがリリアンの様子が……下を向いてプルプル震えている。泣いているのか……? 威嚇射撃をしただけで外したと思われて、更には早く撃てと急かされる。こんな小さな子からしたら辛いに決まっている。
「おい……可哀想だろ? ……ほら、泣いてる。まだ小さいんだからそんなに責めるなよ」
「――――……っ!!!!」
ギャーギャー煩い連中に釘を刺す。その連中が渋々静まったのを確認すると、リリアンの元へ行こうと木の幹から顔を出した。
それに安堵したのか、スッと立ち上がり俺の方を向く。
――いやぁ、俺はロリコンなんかじゃない、だからそんなお礼なん……え、銃口……?
静かで広大な森の中で反響する、耳を防いでも無意味な程の爆発。――そう、射撃音だ。
それと同時に俺が隠れていたはずの木は、香ばしい焦げた香りを放ちながら倒れる。……視界が一気に開けた。リリアンの持つライフルの銃口からは煙。
……何があった。
待て、俺はリリアンの事を気遣って皆に注意したはずなのに何故撃たれた? 俺に怒ったのか? 八つ当たりか?! いずれにしても理不尽すぎる。
「落ち着けリリアン! 俺はお前の為を……」
思って……その最後まで言葉を発する間もなく、リリアンは本気で俺を殺すと言いたげな表情で真っ直ぐとこちらを見る。やっぱり前者……俺に怒ってやがる……何故だ。
「貴様、黙って聞いとれば好き勝手言ってくれたなぁ? 子供? 泣いとる? 貴様は殺されたいんか? あ゛ぁ゛?!」
氷点下にまで冷え込む空気、冷静になれ俺。今俺の目の前にいるのは誰だ? 確かリリアンがいたはずだ、でもこれはリリアンじゃない。きっと違う人だ……。そんな気休めは置いておいて……
「えーっと、リリアン?」
「軽々しく呼ぶんやない! 大体煩いねん、人が集中しとるのにワチャワチャと、喧嘩売っとんのか?!」
やっぱり正気の沙汰じゃない。何があった?強力な一撃を撃ったら副作用で人格が変わるとか? いつもの眠そうで何事にも興味無さそうなリリアンは何処に行った? 俺が子供だって言った事と、泣いてるって言った事にキレたのは痛いほど理解できた。だが突っ込みどころが多すぎてどれから消化していけばいいのか……
「はよ寝たいんじゃ。次はないからな」
殺気に満ち溢れた目で俺を睨みつけると、リリアンは堂々と道のど真ん中を歩き出した。
そして状況が全く読み込めずに呆然とする俺、矢神、長身男。ただ一人、フルルだけが俺たちに向かって苦笑いを残してリリアンの後を追い始める。
「お、おいフルル……一体何がどうなってるのか?」
静かな暗闇を真っ直ぐ歩きながら、俺はおずおずと問いかけた。心の中にモヤモヤしたものが溜まっているようで落ち着かない。それもそのはず、あのリリアンが狂暴化しヤクザ口調でキレ始めたのだから。
「わざとであります! リリアンはキレたらああなるでござる。、威力も比べられない程に上がりますし、射撃の正確さもグンと伸びるんでござるよ」
ニコニコと言葉を述べるフルル。おいおい……危うく殺されるところだったんだぞ? いくらなんでもリスキーすぎる。せめて怒りの矛先を敵に向けるとか……
「それなら先に言ってちょうだいな……ああ心臓に悪いわ」
呆れたように溜め息交じりに釘を刺す矢神。フルルは「すまぬでござる」と一言だけ。不服ではあるがそれに関してだけは同感だ。
とは思ったものの、リリアンの件ですっかり忘れていたが矢神は本物なのか? 本当にただのそっくりさんで別人なのか? 色々矛盾や疑問が湧いてきて全く整理が出来ない。
そもそも矢神にはこんな魔王のような生意気さは無かったはずだ。演技にしてもあの極限まで鍛えられたコミュ障はどこ行った? 考えれば考えるほど頭が痛くなる。
◆◇◆
――さて、このガキ。どこに捨てっかな……
俺、ゼル・テュールは最高に機嫌が悪い。このディア―ブルのクソガキのせいだ。事もあろうがコイツ……白露の事を狙ってやがる。
その小さい腕と白露の腕を絡ませ、ベタベタと懐いてるみたいだ。しかも白露の事を「おねえさん」って勝手に呼び始めていてこの上ないほどキレそうだ。ってかもうキレてるな。
「おねえさん、ディア―ブルに来ない? 僕と一緒に遊んでよ!」
「そんな事出来るはずがなかろう、無理を言うでない」
白露も相手が子供だからかいつもの半分以下の口調だ。相手がガキだろうが知った事かよ、もっと言ってやれ! 俺を置いてけぼりにしやがって……
「ゼル、さっきから下を向いてどうしたのじゃ……」
「気にする事ないよ、何か考え事でもしてるんだよ」
「じゃが……」
「ほら、おねえさんはこっち向いて」
ああ……イライラする。こんなんじゃまともに戦闘できる気がしねぇ。戦闘の前にこのガキをブッ飛ばしそうだ。それ以上白露に近づいてみろ、燃やす。
自分でも大人げないって事は分かってる。こんなガキにイライラして嫉妬して。俺にこんな一面があったなんて今まで知らなかった。だって白露はいつでも俺の隣で笑ってくれてたから。思い返してみると、白露が俺と一緒に行動しながらも隣にいないのってこれが初めてなんじゃねーか? ああ、尚更イライラしてきたぜ。
「ゼル……」
悲しげな表情で呟く白露の言葉も聴覚から遮断して、俺は怒りを堪えるだけだった。
◆◇◆
一人で怯える事無く暗闇を突き進んでゆくリリアン。俺たちは一定の距離を置きながら彼女について行く。背中を見ても分かる、まだ怒りは静まっていないんだと。いつものウトウトしながら猫背でフラフラ歩く姿とは対照的で、体の震えが止まらない程に殺気を放っている。「少しでも近付いてみろ? 蜂の巣にしてやる」と言わんばかりの迫力だ。
これじゃ敵も怖がって出てこないんじゃないか? まあ、出来れば戦闘せずに済むのが一番なんだが……今回は荷物を奪われていて取り返さなくてはならないから面倒だ。強制戦闘イベントってやつだな。
「あ……いたでござるか?」
「ああ、 ブチ抜いてきたるから待っとれ」
銃を構えて狙いを定めるリリアン。それを心配そうに見つめるフルル。リリアンの銃の威力は俺が保証する。目の前で撃たれたから痛いほど分かる。きっと敵を撃ち抜いてくれるはずだ。
「でもっ……殺しちゃだめでござるよ……リリアン」
「分かっとる!」
殺さないで逃がすのか? 窃盗……というより強盗だぞ? そんな奴を逃がすなんて……。もしかしてこの時代に法律というものはないのか。復讐されたりしたらたまったもんじゃないがな。
「オラァッ!」
再び聞こえる耳を塞ぎたくなるほどの銃声。本当に心臓に悪い、撃つ時くらい言ってくれ。それは兎も角命中したのだろう、木から筋肉質の男か落ちてきた。リリアンは慈悲の心も無くその男の傍でしゃがみ、胸ぐらを掴み上げ……そしてガタガタと揺さぶる。
「おい、テメェのせいで睡眠を邪魔されたんじゃ、分かっとんのか? あ゛ぁ゛?!」
勿論その男は白目を剥いて気絶……だがリリアンはさらに暴言を吐き続ける。無慈悲とはこういう事だな。何はともあれこれで盗賊は捕まえ……いや、待て。コイツだけじゃないよな? 他の奴は何処だ? なんてこの気絶してる男に聞いても返事は返ってこないよな。
「あの、リリアン……」
“他にも敵がいるかもしれない”そう伝えようとリリアンの方を向いた。だが……あの怒りを十二分に押し出した殺気の眼は閉じられていて、すやすやと微かに寝息が聞こえ始めた。
――こいつ……もう寝てやがる……いやいや、早すぎないか? え、たった今までブチ切れモードだったよな? その怒りはどうした、もう消えたのか。流石に早すぎるしリリアンがいないと他の敵はどうやって……といろいろ不安は込み上げてくるが、またリリアンを起こしてキレさせたら今度こそ殺される。そっちの不安の方が大きい。
「これは……寝ちゃってるでござるね。そ、それに敵さんが来られたでござるー……」
フルルは俺の方を向いて苦笑いした。全然笑えねーよ……この状況、どうすればいいんだ。戦力になりそうなのは……
「……!」
そうだ、今まで忘れてた……というかリリアンの件のインパクトが強大すぎて霞んでいたがこっちにはディア―ブルで一番の騎士がいるんだった、そう、この長身男。
これは余裕でヌルゲーなんじゃないか? あっちにはゼルさんがいるしこっちには長身男がいるし……まあ、矢神が指示するか狙われるかしない限りは動きそうにもないけどな。