複雑な過去
「先生、グリモワールについて詳しく教えて下さい!」
暖かな木漏れ日が差し込む研究室で、俺は先生に頭を下げた。
「あら、ようやくイオリちゃんもグリモワールに興味を持ったのね」
「やめてださい、あんな物……俺には必要ありません」
先生は不思議そうな顔をして見せた。
ずっと心にモヤモヤと突っかかっていた事……あの時矢神は、グリモワールを〝ゴミ掃除”だと言った。
ソルシエールの神を召喚し束縛して操る魔法や、桜雲帝国の機密兵器。ソルシエールの件は経験したから分かるが、桜雲帝国の機密兵器って一体……
陽葵さんの両親は、とても悪い人には見えなかった。機密兵器を作っていたなんて思えない。
「桜雲帝国の王が殺されて、グリモワールに変換された理由を……矢神は機密兵器の作成が原因と言っていました。先生、何か知りませんか?」
「そうねぇ……私なんかより、ずっとずっと詳しい人がいるはずよ?」
先生はそう言ってデスクに腰かけた。そして扉の外に視線を送る。
「……ねぇ? 白露ちゃん」
先生の呼びかけと共に、白露さんはゆっくりと研究室へと入ってきた。
……白露さん?
「リーゼロッテ……バレていたとはの」
「うふふ、分かりやすいんだもの。……それで、機密兵器の事、知ってるのよね?」
先生がニヤリと笑うと、白露さんは「仕方ない」と言わんばかりにため息をついて口を開いた。
「機密兵器を作成していたのは陽葵の父ではない。……私の父じゃ」
白露さんは悲しげな表情で放った。
「父は昔から冷酷で心なしであった。私は幼い頃から全て父の言いなりで、ゼルではなく別の男と見合いをさせられるとこだったのじゃ……」
「幼い自分が無力だと知っていた旦那さんは、物心つく前に親と国を捨ててアンジュへ修行しに行ったのよね?」
先生の言葉に、白露さんは頷いた。
知らなかった……白露さんとゼルさんにそんな事があったなんて……二人は普通に出会い、普通に過ごしてきたとばかり思っていた。幼少期からこんな過酷だったなんて思いもしなかった。
「そして突然ゼルが帰ってきたのだ。桜雲帝国を守るために、と言っておったが……その桜雲帝国を危険にさらしていたのは、私の父とゼルの父であった。その時に作られたのが機密兵器じゃ……アンジュを崩壊させるための」
白露さんは神妙な顔つきで語り終えた。
白露さんの父の悪事で、陽葵さんの父は殺された……という事か。
「私の父のせいで陽葵の父は殺された。無関係な命が……。だから私は奴らを止める義務があるのじゃ」
「それは、アンジュの皆の仕事ですよ。白露さんだけじゃありません」
「イオリ……」
白露さんは、俺の命を救ってくれた。それだけじゃない、何度も助けてくれた。
「グリモワールの反応はあと二枚よ。サリー姫ちゃんは三枚、アークって男は八枚。……そしてもう一人も八枚所持しているわ」
「もう一人って一体……」
矢神とアークの他に、グリモワールを集めている人間がいるなんて……そいつは一体何のために?
「何らかの魔法で正体を消しているわね。かなり魔力が高い……計り知れないわ」
……! そういえばすっかり忘れていた。
ソルシエールの国で遭遇したディアーブルの騎士。グリモワールを奪われたことを何故か知っていた……。もしかして、矢神のグリモワールを回収するために紛れ込んでいたのか……?
可能性としては十分にあり得る。あの騎士、声からして男と断定できる。アークが変装してたとは考えにくいが、否定もできない。
「先生、一体どうすれば……」
「グリモワールの反応を追うしかないんじゃない? 先回りしてればきっと……三人に会えるわよ」
矢神とアークと……もう一人。
どうしてそこまでして願いを叶えてもらいたいんだ? アークの目的は分かってる、気持ちも分かるが……矢神ともう一人は一体何のために……
「先生、グリモワールの反応場所を教えて下さい!」
「お安い御用よ。ほら、持って行きなさい」
「……助かります!」
流石先生、仕事が早い。
先生が差し出した書類を受け取り、目を通す。
一つは、ノーザン・ブリザード王国。そしてもう一つは……
「これって……」
アンジュ帝国……
「どうしてアンジュが?!」
「さぁね。でも、さっきの白露ちゃんの話から推測すると、先代の悪行かもしれないわね」
「そんな……先代の悪行のせいで王子が殺されるなんて……」
そうだ、アークは最初王子の命を狙っていた。結局王子には敵わず引いていき、何事もなかったかのように過ごしていたが……あの時の王子の力、多分あれが天使の加護だろう。……あれがなかったらきっと王子はアークに殺されていただろう。
「白露さん、ノーザン・ブリザード王国はどうしますか……? アンジュから安易に出る訳にはいきません。でも、ノーザン・ブリザード王国も護衛しないと……」
「そうじゃの……二手に別れるのが最善であろうな」
二手に別れる、か。
戦力的に考えて、白露さんとゼルさんはノーザン・ブリザード王国に進軍。俺は騎士たちとアンジュの護衛をするのが良いだろうな。
どちらにせよ、戦力が半分になるんだ……もしかしたらどちらも失敗に終わるかもしれない。そう、二兎を追う者は一兎をも得ず。と言うしな……
だったら王子の護衛に、全戦力を集めた方が……
だが、ノーザン・ブリザードの王を見殺しにする訳にもいかない。
「イオリ、王子の元に皆を呼び出しておいた。急いで向かうのじゃ」
「はい! 先生、ありがとうございました!」
笑顔で手を振る先生にお辞儀をし、俺と白露さんは研究室を出た。
◆◇◆
「そうか、僕が命を狙われている……か」
顎に手を添え、呟いたのは王子。
自分が、三人から命を狙われているというのに、危機感が全く無いようだ。天使の加護があるからか?
「よし、ゼルと白露はノーザン・ブリザード王国に出向いてくれ。強力な助っ人を用意しておく」
強力な助っ人……? 一体誰の事だ?
「ですが……相手はディアーブルの姫とネビアルの子……大丈夫ですか?」
「ゼル、大丈夫だ。僕を信じてくれ」
「……分かりました」
ゼルさんは納得のいかないような表情で、王子に跪く。
ゼルさんの事だ。ノーザン・ブリザード王国を捨ててでも王子を守りたいはず。
「で、でも……フルルもアスタロト様も戦えないでござる……リリアンとイオリだけでは……」
「あいつが戦えないって……何かあったのか?」
ゼルさんが神妙な顔つきでフルルに問いかけた。
アスタロトさん、もしかして昨日の具合が悪化して……
「詳しいことは教えてもらえなかったでござるけど、医療室で体を休めているでござる」
「そうか……」
心配だ、しかもこんな状況……早く回復するのを願う事しかできない。
「そうとなるとかなり戦力にバラつきがでてくるな……」
「大丈夫さ、何かあったら僕も力を開放する」
「王子……」
王子の力を見たのは二回、未だに天使の加護の性質を理解できていない。
アークの時は何が起こったのかすら理解できなかった。魔力とは違う強い力としか形容できない、未だかつて感じたことのない力……
「それなら行動は早いほうがいい。俺と白露はすぐにノーザン・ブリザード王国へと向かう。イオリ、フルル、リリアン。王子を頼んだ!」
「はい!」
城門の方へ向かって行くリリアンは文句なしの強さ。まぁ、特殊な条件付きではあるが……。俺も一応魔法は使いこなせるようになってきた。問題はフルルだ……。
「フルル、大丈夫か? 戦えるか……?」
「だ、大丈夫でござるよ!! フルルなら……大丈夫……」
と言いつつ、目が虚ろなフルル。毎度のことながら不安しか感じられない。はぁ、一体どうしたものか。
「俺、アスタロトさんの様子見てくる」
「邪魔しちゃ悪いでござるし、ごゆっくり~でござる!」
「な……! そういうんじゃない!」
フルルに茶化されながら王座の間を後にし、医療室へと足を運んだ。
◆◇◆
「アスタロトさん、大丈夫ですか?」
「……イオリ? 入って」
扉をノックして声をかけると、弱り切ったようなアスタロトさんの声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開けると、ベッドに横たわる亜アスタロトさんの姿が……
「大丈夫ですか……? やっぱりあの時のが……」
「っ……! ……大丈夫よ。それで、何かあったの?」
「アンジュからグリモワールの反応があるみたいで、俺たちはアンジュを守ることになりました。ゼルさんと白露さんは別の国の護衛に行ってしまって……」
「……そう。……ねぇ、イオリ。王子に聞いてほしいことがあるの」
アスタロトさんは遠慮がちに口を開いた。
「何ですか?」
「サタンを封印した人の事について……詳しく聞いてきてほしいの。あたしの夢が正しいかどうか……お願い……!」
「わかりました。でも、夢って一体……」
「今は言えない……でも、王子の答えがあたしの夢と一致してたら……話すわ」
やっぱり、アスタロトさんの夢は特殊なのか? 毎回信憑性のある過去の夢ばかり……この調子でいけばきっと今回も……
そうして俺は医療室を出て、王座の間へと戻った。
「失礼します。……あれ、いない……?」
王座に王子の姿はなかった。いつもいるはずなのに。来客でもいるのだろうか? だとしたら謁見の間にいるのか?
ふと、王座の脇に設置された机に目をやると、そこには一枚の紙が……
「なんだこれ……? ”亡き友を弔う者”……貴方は二度と友を亡くさないように……これって……?!」
二度と友を亡くさないように……? これってゼルさんのことじゃ……単なる偶然の訳がない。この紙、一体……! 続きは……
”貴方は二度と友を亡くさぬように無限の力を手に入れる。それは禁忌ではなく、僅かな時間赦された天使の力。”
一体どういうことなんだ? さっぱりわからない。無限の力? ゼルさんは無限に魔力を使えるということか? 他にはないのか?
「寵愛の輝夜……貴女は愛する仲間を支える事ができる。貴女の魔力と愛する仲間の魔力を連携させる力を……これは、白露さんの……?」
白露さんが、アトランティス帝国で俺に使ってくれた……。
ということは、これって天使の加護の能力……? なんでこんなところに置いてあるんだ?
これ以上見てしまっては駄目だと分かっているが……
「眠り姫は憤怒する。貴女は大切な睡眠を邪魔されるたびに怒りが蓄積する。それが溢れる時、怒涛の力を手に入れる……これはリリアンか。リリアンまで天使の加護を使えるなんて……」
あの爆発的な力は天使の加護だったということか。だからあんなに威力の高い一撃が……。まぁ、きっと天使の加護があるだけじゃない。群を抜いて鋭い視覚、嗅覚、感覚……あれはきっと生まれ持ったリリアンの強みだろう。
そして次は……
「悪魔は夢を旅する……これって……」
一瞬、背筋が凍ったような感覚になる。能力名を見ただけでわかる、これは絶対にアスタロトさんの……。あれは天使の加護だったのか……?
「貴女は人の過去を見る事が出来る。それは時に残酷なものまで映してしまう。人に…………っ?!」
突然背後から聞こえてきた足音。
まずい、王子が帰ってきた……?!
持っていた紙切れを机に戻すと、敢えて扉を開け、外に出た。
もう王子はすぐそこまで戻って来ている。だったら「王子に話があったが、いなかったため出ようとした」というのを装うしかない。
扉を開けると、やはりそこには王子の姿が。
「イオリ、どうしたんだ?」
「丁度、王子に聞きたいことがありまして……でも王座の間にいなかったので戻ろうとしていたところでした」
俺は頭の中で考えた台本をそのまま口にした。
アスタロトさんに頼まれた事より、天使の加護について聞きたいが……あの紙を見てしまったことは言わない方がいいだろう。
「聞きたい事……? 何だい?」
「サタンの封印に携わった人間について詳しく聞きたいと思いまして……」
「その事について隠すつもりはない。満足いくまで答えるよ」
もう覚悟はできている。と言わんばかりの顔つき……本当に全部答えてくれるんだろう。
「まず、ゼルさんの相棒と、元サリー姫も、天使の加護を持っていたんですか?」
「サリーはディアーブルの人間だ。アンジュ特有の天使の加護は使えない。ただ、ディアーブルにも、天使の加護と同じような能力はあるんだ」
「なるほど……。ゼルさんの相棒は、どうだったんですか?」
「天使の加護を持っていたよ。死んだ今も、その加護は発動し続けている」
今も続いている加護……
「それに、イオリ……。君にも天使の加護を授けている」
王子は衝撃的なことを口にした。
俺も……天使の加護を授かっている? もしかして輪廻転生……?
「それって……輪廻転生ですか?」
「違うよ。MPMを見てみるといい」
あ……もしかして……あの×で囲まれた文字が?
王子に言われた通りMPMを開く。
『久しぶりだな、君がMPMを開かなかった間、色々機能が解除された。まずはレベルが35まで上がった』
二倍以上も上がっている……? そうか、ツクヨミとの戦い、キングスカラム街での大乱闘……光の王の封印が解けたり。考えればかなり濃い時間だったな。
『機能確認は後でいい。王子の指す能力を見るんだ』
その言葉と共に画面に表示される能力一覧。見慣れたものの中に、明らかな変化を見せるものがあった。
“××を阻×する者”
しばらく見ない間に表示される文字が増えている。
「これが天使の加護……」
「そう。そして、レベルアップによる文字の開放はここまで。後は自分の力で開放するんだ」
自分の力で文字を開放……? 文字が全部表示されたら、加護が発動する……? 能力名がわかるだけじゃ駄目なのか。表示させないと。
「君にはルシファーがいる。きっと大丈夫さ、イオリなら全て開放することができるはずだ」
王子はまっすぐに俺を見つめた。
だが不安しかない、こんな俺が天使の加護を使えるようになるなんて想像もできない。それに、アンジュの国民ではない別の時代から来た人間が、天使の加護を使っても大丈夫なのか?
「王子は……ルシファーと関係があるんですか?」
「……ああ、あるよ。だが、これ以上は口外できない掟なんだ」
ルシファーとも、何か秘密があるということか……。
だったらあの時の謎の精霊とも関係があったりするのか? いや、あの精霊の存在自体口外してはいけない約束だ。聞きたくても聞けない……
だが、無関係な訳がない。ルシファーと関連していて口外できない事情……あの精霊にも関係があるのはほぼ確実だ。
「……わかりました。次に、封印の犠牲になった二人について教えてくれますか?」
「サリーはルシファーを心に宿していた。分かりやすく言えば、ルシファーの器だったんだ」
サリーさんが鍵になっているのは間違いないが……王子やルシファーは詳しく教えてくれないだろうな、ディアーブルに潜入して調べるわけにもいかないし……
「負の感情によってルシファーの封印が解け、それと同時にサタンの封印も解けた。サタンは、サリーの兄だったんだ……」
兄って……サタンはディアーブルの王子だった、ということか? それなら記憶がないとはいえ。何故あの時ディアーブルで残虐な事を……
「小さい頃。サリーは監禁され、兄だけが可愛がられていた。だが、サリーが脱獄して暫く経つと、兄の強すぎる魔力が溢れ始めた。それを気味悪がった王は兄をサタンと呼称し、地下牢獄へ封印した……」
「そんな……自分の子なのになんで……」
「それがディアーブルなんだ。結果、サタンは長年の封印のせいで魔力は数千倍にも増し、王は殺されて……世界は終わりを迎えようとしていた」
「それを防いだのが、ゼルさんの相棒とサリーさん……」
王子はコクリと頷いた。
色々な感情が交差して悲劇は起こっていた。一筋縄ではいかないほど絡まり合っている。……こんな複雑なの、俺にどうしろっていうんだ……
「サタンが狙っているのは僕だ。僕の持っている天使の加護と悪魔の力を融合させて、世界を再び終わらせようとしてるんだ」
「天使の加護に……そんな力があったなんて……ゼルさんたちも狙われる可能性はあるんですか?」
「いや、僕が持っている天使の加護は格別なんだ。ゼルたちの天使の加護では世界を終わらせるほどの力にはならないよ」
だったら王子だけを守ればいいという事か……相手はサタン。そう簡単にいかないのは分かってるが。
アークがサタンの封印を解いたら、世界は終わるかもしれない。何か対策出来ることはないのか?
とりあえず、アスタロトさんにこの事を伝えよう。
夢と一致しているかどうか……教えてもらわないと。
「……色々答えて頂いて、ありがとうございました」
「いや、いいんだ。また何かあったら聞いておくれ」
俺は一礼して王座の間を出た。




