死にたがりの魔王
「いた! ちょっと、何処に行ってたのよ」
そう言いながら駆け寄ってきた矢神。その表情は呆れと心配の混ざった物だった。何処に行ってた? そんなの俺だって分からない。勝手に異空間に飛ばされていて殺されそうになっていたんだから。逆にこいつらは俺が戦っている間何をしていたのか。
「異空間に飛ばされていた、お前らは?」
「奇遇ね、わたし達もドアの無い密室に閉じ込められていたわ。どうして貴方だけ一人だったのかしら……」
矢神は不思議そうな顔をして考え始めた。やっぱり矢神達は閉じ込められただけか……そして俺を殺して逃げるって言ってたな。
「ここを牛耳ってる奴は倒した、荷物を探してここから出る」
「倒したって……貴方魔法も使えないんじゃなかったの?」
正しくはあの謎の精霊が倒してくれたんだけどな。なんて言ったらまたナメられるだけだろうから言わないでおこう。これで一件落着、漸く安心してクエストに行けるな。やっと矢神との行動から解放される、それがただ嬉しくて仕方が無かった。
そうだ、経験値は……あのオッサンを倒したからには入っていてもおかしくない。それかステータスが伸びるとか、何かあるはずだ。そう思った俺はMPMの画面に触れた。
≪柊 威織、経験値を570獲得、レベル3となります≫
画面に触れた瞬間勝手に喋りだすMPM。獲得経験値570と言われても多いのか少ないのか分からないな。とは言っても一気にレベル3まで上がったという事はまあまあ良かったのか?
≪1つの機能がアンロックされました≫
レベルが上がるにつれて機能が増えていくのか、大体理解できてきた。
にしても今の俺にはどんな機能が使えるんだ? あとでゼルさんに……
「あら、MPMね。しかも初期のまま……」
クスクス笑いながら、矢神は自分のMPMの画面に触れる。するとMPMから小さい羊の様なキャラクターが飛び出した。何が起こっているのか分からない俺は、ただそのキャラクターを見つめるだけだった。
「MPMをレベル2にすると、形態を変えられるようになるのよ。見た目、性格に喋り方……好きなようにカスタム出来るの。貴方、MPMの事何も知らないのね?」
矢神は得意げに語る。そんな事先生は一言も教えてくれなかったはず……あ、そういえば先生は「帰ってきたらこのMPMを持って、また来てね」って言ってたな……予想よりかなり早くレベルが上がったって事か。経験値570は結構高いのか。
「画面をタップすると“カスタム”ってコマンドが出るでしょう? そこから変えれるわ」
「あ、ああ……サンキュ」
何故俺を殺した奴なんかに教えてもらって感謝なんかしなきゃいけないんだ、俺は馬鹿か。後悔しながらも矢神に言われた通りにMPMのカスタムコマンドを押す。
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形態変化
関係を変更
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選択肢が二つしかない……まだレベル3だし仕方ないのか。関係変更ってなんだ? ゼルさんが俺のMPMに触れた時の機能制限を俺が自由に変更できるってことか。
試しに形態変化に触れてみる。すると即座に画面が切り替わる。
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形態……選択してください
性格……選択してください
性別……選択してください
色 ……選択してください
声 ……選択してください
名前……選択してください
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うわ、何か沢山選択肢が出てきた。オンラインゲームのキャラクリみたいだな……ここまで自由度が高いと逆に迷うが、パートナーと言うからには生死の鍵を握る。慎重に選ばないといけない気がする。
どんなキャラに助けられたい? やっぱり真面目で冷静で……ってさっきの精霊のようなキャラがいいな。見た目はどうする? 動物じゃないといけないのか? まあ、これに関しては特にこだわりはない、奇抜だったり異様なものじゃなければ。なんて考えながら、ポチポチと物色していた。
……やっぱり何故か見た目は動物に限られているようだ。見たところ未来には存在しない謎の生物が沢山いる。実際に目で見た事のない動物にするのは気が引ける……ということで偶然見つけた狼のキャラを選択した。
色は……銀で。おお、体の色だけじゃなく目の色まで変えられるのか……あの精霊と同じ赤と青のオッドアイにでもしておくか。
「オッドアイ……それは穢れを持つ者。本当にいいの?」
真剣な顔で矢神が問いかけてくる。穢れ……? そうか、未来みたいにカラコンでって訳じゃない天然のオッドアイなのか。天使なのに穢れを持っているとなると、あの精霊は堕天使か? それならルシファーと関係があるのも納得だ。謎が晴れれば晴れるほど、どんどん知りたいことが増えていく。
それは後にして、オッドアイのままでいいか。性別は雄、性格は真面目で冷静、丁寧な口調……っと。声はそれなりに合いそうな物を選んだ。
最後は名前か。天使に関連するものを付けたいが、全くと言っていい程無知な俺には四大天使くらいしか分からない。その中でも、俺がハマっていたゲームの男キャラ、ミカエルをもじって『ミカ』にした、雄だけどな。
ひとまず全ての項目を選択し終えた。最後に出てきた「これで決定します」の問いかけに「はい」で答え、静かに息を呑む。この時代の現実離れしきった物の数々には少し慣れた気でいたが、こんな少女アニメの様な場面に立ち会う事になるなんて思ってもみなかった。
柔らかな光を放ちだすMPM。……まるでアニメの世界にいるようだった。やがてその光は狼の形に形成される。
凄い、俺が選択した通り。思い描いていたイメージそのものだ。このMPMはどこまで俺の心を読んでいるんだ、正確過ぎて気持ち悪いな。
『俺を作ってくれてありがとう。俺はミカ、よろしく頼む』
見た目だけじゃなく、口調も指定通り。ここまで似ていると逆に困る。まあ、カッコいいキャラに似せて作る事なんて多々あるし気にする事でもないのか。
「俺は威織。よろしく」
『ところで、もう知ってるかもしれないが俺自身がMPMとなっている。俺に話しかけてくれたら全部の機能を使える』
簡単に言えばMPMの擬人化って訳か。確かに時計型の機械が相棒よりも動物のキャラが相棒の方が寂しくなくていいもんな。やっとこの時代の人の気持ちが分かった。
矢神は満足そうな表情で羊と戯れている。あんな残虐な奴でも優しげな顔するんだな……。そういえば一度、放課後花壇で水やりをしてるのを見た事があった。……その時もこんな顔してた。本当はあんな無慈悲な事したくないんじゃ……いや、コイツは俺を殺した。あの冷たい目を思い出すんだ。コイツに情が湧く前に……恨みを思い出せ、復讐を誓ったはずだ。
「ルプス、先に外に出て他の者と合流してきて」
「……畏まりました」
長身男は矢神に一礼し立ち去る。矢神と二人っきりの空間に緊張して体が強張る。恨みと緊張が混ざって何とも言えない気持ちになった。
「そんなに怖い顔してどうしたの。殺気が伝わってきてるわよ」
矢神は羊から視線を逸らす事無く呟いた。俺の顔をも見ていないのに殺気が伝わるなんて……俺の殺気が強すぎたのか? それとも矢神が鋭すぎるだけか。殺意を感じ取られたら不利だ。不意を突いて倒しでもしないと矢神を倒せない。
「貴方になら殺されても良いわ」
やっとこちらを向き、優しく微笑む矢神。そんな顔されたら……倒すにも倒せない。慈悲なんて捨てるんだ、矢神だって殺されてもいいって言ってんだから望み通り殺せばいいじゃないか。簡単だろ? 抵抗だってしてこない。魔力なんて無くても今なら倒せる……
――……なのに何で全身が震える?
声が出ない、汗が止まらない、立ち上がれない。何故? あんなに望んでいた復讐が叶うって言うのに、今になってどうして可哀想だって思えてくるんだよ。こんな事出来ない、したくないって感情が湧き出てくるんだ?
「……できない」
「どうして、出会った頃から感じていたわ。貴方がわたしを殺そうとしている事」
優しげな表情から打って変わって真剣な表情になる矢神。どうして? なんて聞かれても俺が一番わからない。分かっていたらこんなモヤモヤした感情に襲われる事なんて無かったのに。
黙りこくっている俺に痺れを切らしたのか、矢神は続けて口を開いた。
「つまらないの。人を殺して声援を浴びて……それの繰り返し。もう嫌なのよ、こんな毎日」
矢神は俯く。俺が口を滑らせたあの時の様に悲しげな表情で何故か心がチクリと痛む。こんな事聞いても良いのか? もっと可哀想に思えてきて本当に復讐できなくなりそうで怖い。
「どうしてわたしは姫になんてなったのかしら自分を呪いたいくらいだわ」
「お前のやってる事は残虐殺人だ。……姫なんて可愛い物じゃない」
俺がポツリと呟くと、矢神は一層悲しげな表情になる。理由は何であれ矢神のやっていることは間違いなく人並みを外れきった最低の行為だ。俺を殺したのだってそうだ、許すなんて一生出来ない。
「貴方もわたしを殺してはくれないのね……」
「でもお前に復讐はする。だからいつもみたいに憎たらしい表情で嘲笑っててくれよ、殺したいって思わせてくれよ……そうじゃないと……」
「……貴方は馬鹿みたいに優しいのね。今ここで殺してみせればいいのに」
矢神は諦めたようでクスっと微笑む。お前が“魔王”じゃないと意味が無いんだ。俺を殺した時のあの表情のお前じゃないと俺の心は晴れない。だから死にたいなんて弱みを見せるなよ……
「また会いましょう、その時はわたしを殺して頂戴ね」
その一言だけを残して矢神は立ち上がり城を出る。良くも悪くもコロコロ変化する矢神への気持ちに俺は困惑する事しかできなかった。




