宝石少女はお使いに行きたくない
「セラ。お前に依頼だぞ」
ひょいっと無造作に放られた依頼書に視線を落とし、セラは顔を顰めた。
『竜人の刀鱗3枚を北の工業都市にいる転売屋・ユージンに売りにいく』
甘い果実酒が一瞬にして苦い水に変わったのかと思う程の顰めっぷりに、そんなに嫌か、とギルは息を吐いた。
字面だけ見れば何てこと無いお使いの依頼である。
ただし、追記された条件と依頼主が他ギルドという点において、見る人が見れば色んな意味で発狂しそうな依頼なのである。
「こういう依頼は着拒してくれって言ってるじゃないですか」
「無茶言うな。何でも大抵請け負いますがウチの方針だって知ってんだろ?」
呆れて見せるも、セラの拒否したい気持ちも分からなくは無かった。
今現在、彼女の懐が温かいのは仕事を斡旋するギルが一番理解しているし、おそらく、この依頼が誰からのものかなど、セラには一瞬で理解出来るだろう。
竜人の刀鱗を売りに行く依頼など、普通はお目にかかれない。
竜人から鱗をもぎ取れる力量の人間が、金を払ってまで他人に売買を任せる必要は無いだろうし、竜人本人であれば言わずもがな。
普通ならば、出す必要のない依頼なのである。
では何故そんな依頼がセラ指名で入ってきたのか。
『ただし、ヒラリーを一緒に連れて行く事』
嫌でも目に入ってくる名前に、セラの眉が寄る。
不幸が。
不幸が手招く幻想が見えた。
「セラは嫌です」
「そう言うな。甘いもん、たらふく食っても良いってよ」
ギルの言葉通り、報酬欄には王都の全甘味処の新作スイーツ食べ比べツアーの文字。
セラは呻いた。
報酬はとても魅力的だ。けれども、不運の代名詞が己にすり寄る時が何を意味するのか、セラは知っている。
ただ単に金欠が故の高額依頼ならばまだ良い。ダンジョンに潜り、依頼をこなせば良いだけなのだから。
ただし、お使いの場合……しかも、本人を伴ってのお使いなど、ダンジョンに潜れないレベルの不運に見舞われていると暴露されているようなものだ。
これまで何度か受けた依頼の末路を思い出し、セラは震えた。
高確率で怪我をするのである。しかも、不幸を呼び込んだ張本人で無く、幸運の象徴であるセラの方が……!
理不尽だと思う。
セラは現在、彼の不運に連敗中なのである。
「セラ、痛いのはやーです」
誰だって痛いのは嫌だ。
しかもセラにしてみれば、本来負うはずの無い怪我なのだからなおのこと。
嫌です無理です。断固拒否します。
そんな心情を隠す事無く振りまいているセラに、ギルはもう一度ため息をついた。
「だよなぁ。おれだって嫌だ。けどなセラ」
振り返ったギルの手には、いつの間にか通信石が握られている。
……嫌な予感がする。
セラが席を立とうと腰を浮かせた刹那。
「残念。もう、出たってよ」
ご愁傷様と心のこもらない慰めをかけられたと同時に、カランカランと来客を告げるベルが響いた。
「おー。早かったな」
ギルの気怠げな歓迎の言葉も
「そうなのよぉ。中々返事が貰えないから、焦れて来ちゃったわぁ」
すさまじく聞き覚えのある声も、全てがセラの敗北を物語っている。
「セラちゃーん。デートしましょ?」
語尾にハートでも付きそうな程ご機嫌な声の主ヒラリーは、捕まえたと言わんばかりにセラの肩へ手を置いて微笑んだ。
捕まった。
捕まってしまった。
撒いても良いが、それではギルドがどうにかなってしまうかも知れない。
……主に彼の振りまく不幸の余波的な意味で。
「マスター、一週間ほど留守にします。…………北の都市の甘味という甘味を食い尽くしてやる」
人でも殺しそうな顔で席を立ったセラは、宣言通りしばらく夢見鳥亭のドアをくぐる事は無かったという。