ギルド長の孫と宿命の話
ギルド長の孫。略してギルことノインズ・ハーティーは夢見鳥亭のギルド長代理である。
正確には、祖父から押しつけられた瞬間より正式なるギルド長なのだが、ノインズが認めないのは勿論、周りが誰一人としてその事実を知らないために、ノインズはいつまでもギルド長代理の立場を貫いているのだが、それはそれ。
とにもかくにも、祖父の気まぐれに振り回され成り行きでギルドマスターに着任して早3年。
若輩者と誰もが彼を笑うが、ノインズは竜人である。
人間の平均寿命など疾うの昔に過去の事。
突拍子も無い性格の家族に囲まれたおかげで人生経験もそれはもう豊富だった。
悲しい事に、大抵の不幸にはお目にかかったと自負しているし、思いつく限りの悪戯もされ尽くしたと言って良い。
酸いも甘いも知り尽くした、言うなれば立派に成熟した大人の年代なのである。
にもかかわらずヒヨッコ扱いとは如何なものか。
常々不満に思ってはいるが、それもやむなしとノインズは思っていた。
何せ、外見が外見だ。
竜人の例に漏れず、ノインズの見た目は若々しい。
それこそ、成人を境にぴたりと成長を止めた外見は未だハリツヤが失われず、少年の初々しさを残している。
――そう。世間の言葉を借りれば、ヒヨッコの様な外見だと言って良い。
それも、軒並みご老体の多いギルド長という立場に名を連ねればなおのこと。
まあ、それは良い。もう諦めている。
ギルド長達は死ぬまで己をヒヨッコと罵るのだろうと、ノインズは笑う。
老い先短い彼らは、恐らくノインズがこれ以上成長する前にお空の星となるのだ。
そう考えれば溜飲が下がるというもの。
ノインズは、そうして今日もギルド長会議での嫌味を聞き流してきた所である。
さて。
先も記したとおり、ノインズは竜人である。
竜人といえば、魔力に富み体格や筋力も素晴らしい、まさに規格外の生物と言って良い。
艶やかな鱗に覆われた尻尾や、強靱な体躯を軽々と空へ誘う翼も、彼ら竜人のトレードマークである……が、ノインズにはそのどれもが備わって居なかった。
辛うじて乳白色の角は生えているも、それ以外でノインズに与えられたのは、異常な程の生命力と永遠とも錯覚しそうな寿命。
なぜ寄りにもよって外見にかすりもしない特徴なのだろうとノインズは思う。
もう少しこう……カッコイイ感じの。戦闘で役立ちそうな、強そうなヤツ……。
少年期のノインズ少年が悩みまくったのは言うまでも無い。
と、言うわけで。そんな少年期を過ごしたノインズ青年には、立派な竜人が鬼門中の鬼門なのである。
しかしながら夢見鳥亭。
竜人の設立したギルドなれど、幸いな事に竜人は居なかった。
ギルドに引きこもっているノインズのコンプレックスが刺激されるような事態にはならなかったのは不幸中の幸いと言って良い。
……が。
皆様もうお分かりだろうか。
最近、何の因果か見るからに立派な……立派?な、竜人がたびたび夢見鳥亭に入り浸って居るのだ。
ただし、不運に愛されているというなんとも不名誉な称号が付いているため、何とか私情での出禁はしないですんでいる。
運んでくる依頼は美味しいが、ついつい辛辣になるのは察していただきたい。
――だってアイツ、立派に雄々しいのに女装してるんだもん。
持ってる故の軽い扱い、良くない。とノインズは思う。すさまじく思う。
だがしかし、個人の感情で人様の趣味に口を出すほどノインズも馬鹿では無い。
あと、装っているだけとはいえ、外見は女性である。
女性は皆総じてお姫様のように扱えと、ノインズは幼い頃よりそうたたき込まれてきた。
誰に?
――――姉に、である。
祖父の放浪の旅にくっついていった姉から、そろそろ一回帰るという知らせが来たのはつい先日の事。
日に日にため息の回数が増えるノインズに、夢見鳥亭の看板娘、幸運を呼ぶ娘ことセラは隠す事無く眉を潜めた。
「マスター。幸せが逃げます」
「うるせぇ幸運娘。こういう時こそ福呼んでこい福」
見事なやさぐれ具合である。
もうやだ働きませんと全身で表現しているノインズに、さすがのセラも異常事態を悟った。
何か知らんが大変なモノが来る。
察したセラが少しでも幸運を分けてやろうと項垂れ机に突っ伏したその頭に触れようとした、その時。
「さ、寒気がする!!」
悲鳴じみた声を上げ、ノインズが跳ね起きた。
そして、事務所にとって返す間もなくカランカランと扉のベルが来訪者を告げる。
「「…………」」
ごくり。
誰とも無く固唾を呑む中、現れた顔にノインズの表情が和らいだ。
「なんだ。ヒラリーか」
竜人は竜人でも、毎度おなじみヒラリーである。
相変わらずの純白を身に纏い、彼女は笑う。
「なんだとは随分な言い種じゃなぁい?……ねぇ、ノンちゃん?」
ビビらせた罪は重いが、水ぐらい出してやろう。
そう思いグラスを用意していた手が止まる。
否。手にしていたグラスが、甲高い音を立てて砕け散った。
ちなみに落ちたのでは無い。たたき割ったのである。無意識怖い。
粉々になったグラスに動じれば良いのか、それともヒラリーの発した聞き捨てならん単語に反応すれば良いのか。
グラスと来訪者を行ったり来たりしていたセラの視線は、ややあって後者へと定められた。
「え、ヒラリーなんですかその可愛いあだ名」
「ねえ?可愛いでしょ?」
疑問符を飛ばすセラの隣に我が物顔で座る竜人は、にまにまとノインズの反応を楽しんでいる風だった。
この竜人は。
ふんわりとレースやビジューをふんだんにあしらったドレスを身に纏うそのひとは、己を何と呼んだだろうか。
ノンちゃん。
それは、まごう事なきノインズの愛称である。
ただし呼ぶのはただ一人だったはずだ。
「ひ、ヒラリー。お前、何でそれを」
――まさか。いや、そんなはずは。
戦慄くノインズに、ヒラリーはまるで幼子に言って聞かせるような猫なで声で笑った。
「やぁねぇ、ギルったら。あーんな可愛いお姉さんが居るのを隠してるなんて」
にぃっと笑うヒラリーの言葉で姉の存在を悟る。
気が遠くなったノインズの耳に、再び軽やかなベルの音が響いた。
そして、気絶する前に見つけてしまった。
自分よりも随分と柔らかな若草色の髪に、濁りなど一滴も見られないカナリアイエローの瞳。
柔らかに風を纏う翼、しなやかかつ強靱な尾に、つやつやと鈍く光を反射する鱗と、ノインズの憧れてやまなかった全てを持っている理想の具現のような、ひと。
「ねえ、さん……」
羞じも何もかなぐり捨てて気絶してしまえば良かったと、すーっと奪われて行く体温を感じながらノインズは思った。
遠目から見ても柔らかそうな唇が放つ第一声が、長年虐げられてきた己には手に取るようにわかる。
「ノンちゃん。女性には常に傅きなさいと、教えたはずでしょう?」
ノインズの姉、フロウリア・ハーティーは、思わず傅きたくなるような美貌を崩す事無く困った弟を窘めた。
突然の見知らぬ来訪者に固まるセラも、ん"んっ…!とこらえきれない笑いに肩をふるわすヒラリーもこの際どうでも良い。
「……ああ。お帰り、姉さん」
吐き出しそうになった帰れの一言を既の所で封殺した自分に、あとでしこたま酒を与えてやろうと固く決意したノインズは、大魔王もといお姉様の為に恭しく椅子をひいたのであった。
ギルド長の孫、代理ではなく既にギルド長。そして、竜人。
ギルド長の孫、略してギルことノインズの肩書きは多々あれど、今の彼に許された肩書きはただ一つ。
弟。それ以外の何者でもなかった。




