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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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砕かれた希望の灯火

たどり着いたヴァルツァー侯爵家の応接間は、私以外の家族の歓声と熱気で満たされていた。

磨き上げられた長机の隣で、完璧な淑女の微笑みを浮かべる双子の妹・エリシア。そして、自慢の娘を誇らしげに見つめる両親。


私はその華やかな光景の片隅で、ただ静かに俯いていた。

初めから「数合わせの引き立て役」という名目だけで連れてこられたのだ。だが、それで構わなかった。いや、むしろそれが良かった。


実家を飛び出し、平民としてがむしゃらに医療の現場で働いていた四年間。あの泥に塗れながらも充実した日々から無理やり連れ戻され、王城での社交界デビューを終えた今、私は父親によって別の不遇な貴族へ「売りに出される」ことが決まっている。

我が家とは使用人の数も屋敷の格式も違う、こんな雲の上の侯爵家に嫁ぐなど、想像しただけで息が詰まる。だからこそ、私、アリア・グレインフィールは、妹の縁談を前にして、むしろ晴れやかな気持ちさえ抱いていた。



(大丈夫。私には……私を救ってくれると約束した、あの人がいるのだから――)



今回の縁談は、表向きこそ「双子の令嬢どちらかを婚約者候補に」というものだったが、その実態は誰の目にも明らかだった。私の教養を自分のものとして横取りし、社交界で「グレインフィール家の才女」と称賛されるエリシアのための席だ。


これまでは、己の努力も成果も、すべて妹と裏切りのグレイス先生に奪われてきた。その過去は人生のどん底に至るほど悔しかったが、今の私はもう卑屈になる必要はなかった。

侯爵夫人という栄誉は、どうぞ妹が持っていけばいい。



私には、誰にも知られていない秘密の光があった。あの王城の社交界デビューの日、エリシアに貶められ、惨めさに押し潰されそうになっていた私に、優しく声をかけてくれた青年。



まばゆいシルバーグレー(銀髪)に、すべてを見透かすような、知性的で鋭いゴールデンアンバー(琥珀色)の瞳。


身分も名前も明かさぬまま、けれど医療の未来について、私たちはパーティーの喧騒を忘れて貪るように語り合った。平民として医療に携わってきた私の話を、彼は誰よりも真剣に、愛おしそうに聞いてくれたのだ。



『必ず、君を迎えに行く。だから、僕を信じて待っていてほしい』



たった一度の邂逅。けれど、他家に売りに出されようとしていた私にとって、その言葉だけが、この暗闇から救い出してくれる唯一の生きる希望だった。彼が下位貴族だろうと、どんな身分だろうと関係ない。


(私は、彼に恥じない自分でいられるように……今日を耐えればいい……)


そんな淡い、けれど確かな期待を胸に、私は今日という日を迎えた。





――やがて、重厚な扉が開かれ、侯爵家の一行が入室する。





その瞬間、私の生ぬるい希望は、あまりにも残酷な現実によって、粉々に打ち砕かれた。


侯爵夫妻の背後から現れた、見上げるような長身の青年。

彼が顔を上げた瞬間、私の世界からすべての音が消え去った。

喉の奥がひくりと痙攣し、心臓が爆発したかのように激しく脈打つ。呼吸の仕方が、わからない。


(――――嘘、でしょ……?)


あの日、私の暗闇の救いになってくれた、運命の人。

あの美しい銀髪も、私を射抜いた鋭い琥珀色の瞳も、間違いようがない。

彼が――その彼こそが、ヴァルツァー侯爵家令息、レオンハルト様だったのだ。


「本日は我が家のためにお時間をいただき、感謝いたします。グレインフィール伯爵、そして――エリシア嬢」


鼓膜を揺らす彼の低く落ち着いた声は、あの日のように心地よく、そして今の私には、胸を惨めに切り裂く鋭利な刃物となって突き刺さる。

視界の端で、エリシアが「自分の未来の旦那様」を見定めたように、勝ち誇った満足げな笑みを浮かべた。



(……私は、一体何を期待していたんだろう)



場違いな涙が溢れそうになるのを、奥歯を血が滲むほど噛み締めて必死に堪える。


彼の言う『迎えに行く』の対象は、最初から私などではなかったのだ。

世間で「才女」と謳われ、今日この場所に主役として座っている妹・エリシアだったのだ。

あの夜の甘い言葉も、楽しい語らいも、すべては「グレインフィール家の令嬢」という肩書きを持つ、エリシアへの事前調査に過ぎなかったのだ。私はまた、妹の引き立て役として、体よく使われただけ。


さっきまで、あんなに晴れやかだった胸の奥で、生きる糧だった淡い初恋が、あまりにもあっけなく、最悪の形で終わりを告げた。


(痛い……胸が、引き裂かれそうだわ……っ)


叫び出しそうなほどの悲しみと絶望が押し寄せる。けれど、ここで泣けば「侯爵家の縁談を邪魔した不届き者」として、実家にも、そして彼にも迷惑がかかってしまう。


もう、何も見たくない。何も聞きたくない。

私は、ただ静かに視線を床へと伏せた。

ゆっくりと心の扉を頑丈に閉じ、感情を殺して、ただの肉塊(人形)になる。


この地獄のようなお見合いの時間が一秒でも早く過ぎ去ることだけを。

そして、彼を「運命の人」だと信じて愛してしまった、この愚かで惨めな心が、今すぐ跡形もなく消えてなくなることだけを、私は暗闇の中で、ただ祈り続けていた。

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