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欲望という名のヴェノム

 街へ戻ってきた翌日、トマスの葬式が行われた。囚われていた人たちには重傷者はいたものの、亡くなったのはトマスだけだった。あの危険な状態で、犠牲者が一人だけだったのは、むしろ幸運だったのだろう。だが、トマスの孫であるダリルとアルマは、悲しみの底にあった。

 気丈に振る舞い、滞りなく葬式を済ませたあと、二人は自宅で密かに抱き合い泣いた。ダリルは喧嘩することもあったが、それでも両親亡き後、懸命に兄妹を育ててくれた愛する家族だった。



 葬式の後、アーシェとノエルは宿で今後の相談をしている。

「ウィスラー伯爵、あれどうすんの? どう考えてもロドネスだけじゃないよね」

 アーシェが言った。ロドネスは消したが、そのロドネスを邪悪な力——オーブを授けた者がいる。

「そうだ。それに一番問題なのはウィスラー伯爵だろう。これまでのことを考えるに、あれこそが元凶だ。それもとんでもないものだ」

「もしかして……アレ?」

 アーシェには心当たりがあるようだ。それにノエルが反応する。

「そうだ。あれは『ヴェノム』だ。人の欲望を糧とし、世界に災いをもたらす」

「さしずめ、『欲望という名のヴェノム』ってやつよね」


『ヴェノム』——人間の中にある欲望、これは生きていく上で必ず必要になるものだが、度が過ぎると災いをもたらす。これがヴェノムであり、地上を混乱と混沌に変貌させる。

 世界を安定させ、平穏な状態を維持していく上で、人々の強過ぎる欲望は危険なものだった。だから神々——天界の聖騎士たちは過剰な欲望を「平和を蝕む猛毒ヴェノム」と呼んで、消そうとする。


「やっぱりヴェノムなのね。でもさ、ヴェノムってもう滅んだはずじゃないの?」

 アーシェは不思議に思った。実際に百年くらい前に、アーシェたちの同僚聖騎士が消したのを最後に出現した記録はない。しかし、ノエルはそれに異を唱えた。

「ヴェノムは人間の欲望を糧とする。欲望が膨れ上がる限り、何度でも復活する可能性がある」

「げ、そうだったの?」

「そうだったのって、君は何を勉強してきたんだ? 常識だろう」

「……あはは、そ、そうだっけ」

 アーシェは笑って誤魔化した。勉強する暇があったら昼寝する彼女は当然知っているわけがなかった。そして、この事件が泡ったら、ふたたびこのことを忘れていくのだろう。


 アーシェが、ふいに思いついたように尋ねた。

「でもさぁ、大丈夫なの?」

「何がだ?」

「ヴェノム、逃げちゃってたりしない?」

 アーシェの疑問は最もだった。ロドネスとの戦いの最中に、ウィスラーの姿を見失っている。巻き込まれて消滅したのならいいが、まず間違いなくそれはないだろう。

 せっかく見つけたヴェノムだけに、逃してしまっては、この広い地上を探し回らなくてはならない。

「大丈夫だ。救出に行く前に、この街全体を封印魔法で覆っておいた。現状のヴェノム如きの力では、僕の封印を破ることなどできない。後は潜伏しているヴェノムを見つけ出して消すだけだ」

 さすがはノエルである。彼も強大な力を持つ聖騎士であり『代行者』なのだ。知らない間に対策は行っていた。早くからウィスラーの危険を感じて察知しており、こうして葬式に出席する余裕を持てるくらいのことはやっていたのである。

「やるじゃん。さすがはノエル」

 アーシェが誉めるが、ノエルはすまし顔で言う。

「君とは違うからな。僕は君みたいに行き当たりばったりじゃない。ちゃんと考えて行動するんだ」

「へいへい、そりゃよござんしたねぇ……」

 アーシェは、やれやれと言わんばかりにつぶやいた。


 ヴェノム退治は、明日出発することに決めた。

 そして明日出発するのなら、ダリルから「今日はウチに泊まって行ってほしい」と言われた。アルマは気落ちしているし、ダリルと二人きりよりも、悲しみを紛らわすことができるかもしれないとのことだった。もちろんアルマも是非と言っている。アーシェとノエルはそれに同意した。

 夕食は楽しく、アルマはこの時だけでも笑顔が戻り、ダリルも嬉しそうだった。



 真夜中、ふいに目が覚めたノエルは、少し外の風にあたろうと思い外に出た。そこでアーシェにバッタリと遭遇した。

「なんだアーシェ、君も起きていたのか」

「あ、ノエル。ねえ、アルマ知らない?」

「うん? いや、見ていないが」

「そう。どこ行ったのかな?」

「どうしたんだ?」

 何でアルマを探しているのか不思議に思って聞いた。

「アルマってさ、まだ恋愛もしたことなさそうじゃない? キスなんて絶対にしたことないと思うんだよね。美少女のファーストキスは、同じく美少女に奪われるべきなんだよねえ。ウシシ……アルマの唇を奪うのは今しかないってことで。この雰囲気ならいけるよね、絶対」

 アーシェはずっとニヤニヤしており、楽しみでしょうがない様子だ。

「君はまた碌でもないことを! しかもアルマは祖父を殺されて悲しんでいるんだぞ。不謹慎だ」

 ノエルは呆れると同時に、アルマの気持ちを考えろと、怒った。天界の聖騎士として然るべき行動を考えると、それを許すわけにはいかない。すかさず拘束の魔法をかけようとする。

「おっと、そう簡単には邪魔されないわよ。さ、アァルマちゅわぁん、ドッコでっすかぁ!」

 ノエルの妨害を難なくかわすと、すぐにどこかへと消えていった。

「やれやれ、アーシェには困ったものだ」

 ただアーシェは、わざと茶化して和ませようとすることが多々ある。悲しみを理解できないわけでじゃない、もしかしたらアルマの悲しみを少しでも和らげようとしているのかもしれない、とノエルは思い、無理に邪魔しようとまではしなかった。


 ノエルは付近を歩き、寂れた広場にやってきた。夜中ので誰もいない……いや、よく見ると人影が見えた。

「うん? あれは……」

 ノエルは木の下に立つ二人の男女を見つけた。あわてて身を隠して覗くと、その二人はオーレンとアルマだった。

 この場を去ろうにも、物音を立ててしまい見つかってしまいそうなので、そのまま息を潜めていたが、ふと二人の声が聞こえてきた。

「――オーレン、私……辛いわ」

「もう少し、もう少し待ってくれ。これから重要な戦いなんだ」

「ええ、それはわかっているわ。でも……」

「僕はきっと帰ってくる。この街、トーランのために。そして、その後は――君と——」

「嬉しい、オーレン」

 二人はお互いを見つめ合い、そして熱い抱擁と口づけを交わした。


 ノエルは困ってしまった。色恋沙汰にまったく免疫がないノエルには、このような場面は刺激が強すぎたようだ。もう顔を真っ赤にして、このままここで夜を明かしてしまいそうだ。



 翌朝、アーシェは寝坊するわ、起きてもあくびばかりで眠そうだ。どうやら夜中の間、あちこち探し回っていたようで、ほとんど寝てない様子である。また、アルマを見つけたようなことは言わないので、見つけられずに戻ってきたのだろう。表情が少ししょげている風に見えるので、そうだった可能性が高い。

 しかしこれから重要な仕事である。ノエルはアーシェを叱咤して気合を入れさせた。


 アーシェとノエルは宿を出ると、ヴェノムが潜伏しているであろう、街の最深部の方を見た。そして二人で顔を見合わせた。

「それじゃ行きますか、ノエル」

「ああ。ヴェノムは地上に存在してはならない存在。必ず消滅させるぞ」

「まかせといてよ」

 アーシェはニコリとして答えた。

 二人は早速出発する。少し歩いたところで、ふいに後ろから声をかけられた。

「アンシェラトスさま、ノヴァリエルさま」

 振り向くと、そこにはオーレンとレジスタンスのメンバーたちが揃っていた。しかもその後ろには、多くの衛兵までもが隊列を組んで待機している。

「え、オーレン——どうしたの?」

 アーシェが尋ねると、オーレンはその場に跪いて答えた。

「どうか我々もお供させてください。あのような怪物に好きなようにさせるわけにはいきません。少しでもお力になりたいと思います」

「……駄目だ」

 ノエルが言った。

「なぜですか?」

「僕たちが本気で戦えば、ヴェノムにやられることなんてない。むしろヴェノムに逃げられないように、確実に消し去ることが大変なのだ。だが、君たちのような人間では到底相手にならない」

 アーシェとノエルは天界の聖騎士であり、それは「神々の代行者」であることを意味する。代行者は、神の意志を地上に伝えるものであるが、それがために強力な力を有する。ヴェノムもそれをよく知っているからこそ、神もしくは代行者の目から隠れて、人々の欲望を増幅させ食おうとする。

「そうですか……残念ですが、おそらくそれは本当なのでしょう。人智を超えた戦いに入る余地はなさそうですね」

 オーレンは残念そうに顔を曇らせた。

「しかし君たちには重要な役目がある」

「重要な……?」

「この街、トーランの復興だ。この騒動で随分壊れてしまった。元の街に戻すのにはかなり大変だろう。これはこの街の人である君たちの役割なんだ」

 トーランの今後は、オーレンたち若い力にかかっている。アーシェとノエルは事件後はすぐ天界に戻らなくてはならない。復興に手を貸すわけにはいかないのだ。

「わかりました。どうかご武運を」

 オーレンは頭を下げ、二人の任務達成を祈った。

「ああ、ヴェノムは必ず消す。後のことは頼んだぞ——あとそうだが、僕はノエルだ」

 ノエルは、オーレンがノヴァリエルと呼んだことについて言った。

「隠されなくてもわかります。——アンシェラトスさまがご降臨なされるとき、その力が地上を壊滅させないよう、レネウス神がノヴァリエルさまを同行させたと伝わります。まさにお二人のことでありませんか」

 オーレンは言った。実際にその通りで、ノエルは知性を司どる男神レネウスの「代行者、ノヴァリエル」だった。凄まじい力を持つ魔法をほぼ無限に行使できる力は、代行者でなくては無理なことだった。

「まあ……想像に任せる。とにかく、この街の後のことは君の手にかかっている。頼んだ」

「ははっ——」

 オーレン以下、レジスタンスや衛兵たちは一斉に平伏した。

「じゃね。行ってくるわ」

 アーシェとノエルは、ふたたび街の最深部に向かって歩き出した。

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