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人間を捨てた者

 アルマたち囚われの人々は簡単に見つかった。ダリルの案内で最初の予想場所にやってきたが、なんとズバリ予想通りだった。そこは衛兵の官舎などがある区域だった。ここの建物の一部に古い牢獄などがあり、通常は使われていないが、このような時なので、ここに監禁されている可能性を考えて候補にしていたようだ。

 牢獄のある建物の外はほとんど衛兵がおらず、内部にはもう少しいたが、その程度などアーシェたちの敵ではなく、あっという間に蹴散らした。

「兄さん!」

 アルマは大喜びで兄に抱きついた。ダリルも、妹が無事で嬉しいようで、人目を憚らず兄弟で再会を喜んだ。一緒に捕まっていた人たちも、アーシェたちによって救出されたことをとても喜んでいる。

「ダリルなのか?」

 そう言って出てきたのは、ダリルとアルマの祖父、トマス爺さんだった。

「じ、爺ちゃん――怪我はないか?」

 ダリルは照れくさそうに言った。ダリルは祖父とは折り合いが悪かったが、やはり心配だったのだ。

「ああ、大丈夫じゃよ。ダリル――助けに来てくれたのか」

「……と、当然だろ。こんなことになって、黙っていられるかよ」

「……そうじゃな。よく来てくれた。ありがとう、ダリル」

 そう言ってトマスは孫を抱きしめた。驚くダリル。しかし、すぐに表情は穏やかになり、ダリルも祖父を抱きしめた。

「お兄ちゃん、おじいちゃん……」

 アルマはその様子を見て、とても嬉しそうだった。

「いい場面だね、ノエル」

 アーシェも嬉しそうな顔をして言った。

「そうだな。やはり家族の絆は大切なのだ」

「うんうん、そうだよね。でも――」

 アーシェはそこまで言って、ノエルを見た。

「ここから脱出しなくてはならない。そうぐずぐずしていられないぞ」

 ノエルは真剣な表情になる。これからが大変なのだ。この捕らえられていた人たちを引き連れて街まで戻らないといけない。衛兵たちも襲撃してくる可能性も高い。非常に難しい行動となる。


「ダリル、脱出はどこを進めばいい?」

 ノエルが言った。

 脱出経路もちゃんと打ち合わせていることもあり、ダリルはすぐに答える。

「比較的危険の少ないルートがあるんだ。それに仲間が要所で待機してくれているはずなんだ。脱出を助けてくれるはずだ」

「なるほど、さすがね。さ、みんな行きましょ」

 アーシェは囚われの人たちに声をかけた。ダリルとノエルが先頭を進み、一番後ろにアーシェがついて行動を開始した。



 しばらく進み、特に何もなく移動できていることに驚いた。敵の姿を見ない。安全に街まで戻れることなどまずあり得ないと思っていただけに、アーシェもノエルもいい意味で予想を裏切られた。

「本当に衛兵たちがいないな」

 ノエルが言った。

「ああ、古い遺跡なんかが多くて、開発も進んでないかったんだ。だから放置されたままで、監視も手薄なわけだ」

「なるほどな――いや、待て!」

 突然、ノエルが叫んだ。

「どうしたってんだ? あっ!」

 ダリルも何かの気配に気がついた。周囲に多くの人影が現れる。街にいる一般市民ではない。武器と防具で武装した、今もっとも会いたくなかった者たちだ。

「やはりそう簡単にはいかないか」

 現れたのは衛兵だ。それもかなりの数である。歩みが止まって、何事かと後方からアーシェがやってきた。そして眼前の衛兵の大群に驚いた。

「どうしたの? って、げげ! 見つかった……」

「すまねえ、まさかこんな簡単に……」

 ダリルは申し訳なさそうに顔を歪めた。

「いや、どうしようもないだろう。簡単にはいかないのは当然だ」

 ノエルは魔法の杖を構えて、救出した人たちを守る体制に入る。アーシェも周囲を見回して、仕掛けてきそうな衛兵がいないか警戒した。

 緊迫した空気が漂い、いつ動くのか、両者は睨み合いを続けている。


 そんな中、衛兵の群れの中から一人の男が前に出てきた。かなり身なりがよく、身分の高い人物のようである。

「て、てめえは――ロドネス!」

 ダリルが叫んだ。まさにその人物はロドネス市長だった。通常は衛兵の中から顔を出すことなどなく、奥の安全な場所から命令だけを出すような男だ。そんなロドネスが、まさかこんなところに出てきている。

 ロドネスはアーシェたちを睨むと、吐き捨てるようにつぶやいた。

「蛆虫どもがやってくれるわ。まったく碌でもない連中だ」

 ロドネスはアーシェたちを見下し、同じ人間とは思っていないかのようである。

「ふざけやがって! よくもこんなところに出てきやがったな!」

 激怒するダリルは、今にも飛び出して行きそうだ。しかし、ノエルはそれを静止する。

「待て。危険だ」

「あいつは父さんと母さんの仇なんだ! あの野郎が――」

「君の手に負えるような奴じゃない。……あの男は人間ではない」

「えっ?」

「ロドネスだけじゃない。この衛兵たちも同じだ。見た目は人の姿をしているが――魔物だ」

 ノエルはそう言ってロドネスを睨んだ。ロドネスの目が怪しく光る。その顔は次第に邪悪な面持ちに変わっていき、体からは禍々しい妖気が見える。

「よくわかったな、食われるしかない下等生物どもよ。この俺は、オーブの力により覚醒したのだ。フハハハハッ!」

 ロドネスの高笑いが響く。その姿は確かにロドネスだが、もはやダリルたちにすら禍々しい妖気が感じられ、もう目の前の市長は人間ではないと確信できた。

「さあ、お前たちの処刑を行う。こちらに来たまえ」

 ロドネスはそう言って、奥へ引っ込んでいく。衛兵たちもダリルたちの歩く場所を開け、この先へ行けと命令しているかのようだった。とりあえず従うしなかく、アーシェたちはロドネスの言うことを聞いて移動を始めた。



 アーシェたちは通路を抜けて、かなり大きな空間に出てきた。そこはコロシアムのような円形の場所で、周囲は階段状になっており、中央付近は一段高い。すでに使われなくなって久しいのか、あちこちで破損や崩壊の跡が見られ、古い遺跡のような状態だ。

 正面の階段上の観客席の上部に、小さめのステージがあり、そこに誰か座っているようだった。

 その誰かは、アーシェたちが入ってくると立ち上がって叫んだ。

「不届きな罪人どもよ! これから処刑を行う。その罪を悔いて果てるがいい!」

 そう言ったのは、なんとウィスラー伯爵だった。

「ふざけないでよ! 私たちが何やったってんのよ!」

 アーシェが叫ぶ。

「貴様らはこの俺に対する反乱分子だ。だから始末する。死ね、愚かな人間よ!」

 ロドネスがアーシェに向かって言った。

「やれるもんならやってみなさいよ!」

「そうだ、僕たちに勝てると思うな!」

 アーシェとノエルは、それぞれ戦闘体制をとって言った。

「そうか……では、やってやろう……ククク」

 ロドネスの様子がおかしい。もうずっと禍々しい妖気を放ち続けていたが、それが一層拡大する。そして……。

「お、おい! ありゃなんだ!」

 ダリルが叫んだ。アルマや捕らえられていた人たちも、その異様な様子に恐怖を憶えている。

「ねえノエル、あれライオネルと同じだよね?」

「その通りだ。奴も人間を捨てている」

 アーシェもノエルも、その表情は険しい。

 ロドネスの体は次第に膨張していき、人間の姿とは似ても似つかないような、恐ろしい姿に変貌していく。

「その姿にダリルたちは驚き腰を抜かす者もいるが、もう一人、驚いている者がいた。ウィスラー伯爵である。

「ロ、ロドネス……その姿は……一体?」

「グハハッ! ウィスラー、貴様の下で働くのも今日で終わりだ」

「ど、どういうことだ!」

「もはやこの俺は、人間などという虫ケラではない。オーブの力によって進化したのだ」

「き、貴様――」

 ウィスラーは、怒りと恐怖が入り混じった複雑な表情である。

「お前たち、あの化け物を殺せ!」

 ウィスラーは近くの兵士に命じるが、兵士は何もしない。伯爵などどうでもいいかのように、命令を無視した。

「どうしたんだ? 何をしている!」

「ククク……」

 兵士は不気味な笑いを発した。そして、突如体が不自然に動き出し、大きく拡大し始める。

「ま、まさか……!」

 ウィスラーは信じられないという顔である。近従の兵士が恐ろしい怪物に変貌したのである。強烈な妖気を発しており、かなり強力な魔物であることがわかった。当然、ウィスラーがどうにかできるはずもなく、何もできぬままその場にへたり込んだ。

「ギャハハッ! もうお前の命令など聞く者などいないわ! 人間のような非力な虫ケラなどにはなぁっ!」

 ロドネスは勝ち誇ったように言った。さらにロドネスの近くにいる数十、いや数百の衛兵も次々に魔物に変身していく。

 いつの間にかアーシェたちの前には、人間ではなく魔物の軍団が立ち塞がっていた。


「凄まじい力だ。オーブの力を完全に取り込んだか――いや、取り込まれたのか」

 ノエルの表情は険しい。魔物と化したロドネスの邪悪な力は、手を合わせるまでもなく、ライオネルを遥かに超えている。

「下等な虫ケラどもよ! 見たか、この神おも超えた力を!」

 ロドネスは両腕を振り上げ魔力を収束すると、それをアーシェたちに向かって飛ばした。

「まずい!」

 ノエルはすぐに防御の呪文を唱え、自分たちの前に巨大な魔力の盾を作り出した。それによってロドネスの攻撃は防ぐことができたが、ノエルにも少しダメージがきたようで、魔力の盾は消滅し、ノエルもバランスを崩してその場に倒れた。

「ノエル!」

 アーシェがノエルを助け起こす。

「な、なんて力だ……これはまずいぞ……」

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