必殺技
アーシェとゴーレムの戦いが続く。アーシェは何度も隙をみて攻撃を繰り返すが、まったくダメージを与えることができず、次第に回避を繰り返すだけの状態になっていった。
「ノエル——なんとかしてっ!」
アーシェはたまらず相棒に援護を求めた。
「くっ! 炎霊よ、我が手にその力を授けよ――バラ・ファラド・クェイル!」
ノエルが呪文を唱えて構えると、その手から火の玉が発生した。それを勢いよくゴーレムに向けて突き出すと、火の玉は前方に向けて飛び出していった。
「でた! ノエルの魔法、ファイアショット!」
アーシェは嬉しそうに叫ぶ。――ちなみにこの魔法に、ファイアショットなる名称はない。アーシェが勝手に名前を付けただけである。
その火の玉は激しい勢いで、ゴーレムに直撃、その体はあっという間に炎に包まれた。通常、大抵のモンスターはこれで焼け死ぬはずである。
しかし、このゴーレムは違った。収まっていく炎からその姿を再び見せたゴーレムは、なんと、まったくダメージを負っている様子はなかった。
「やはりか――」
ノエルは悔しげにつぶやいた。「閃刃」が通用しなかった時点で、なんらかの魔力を打ち消す、特殊効果を持たせていると予想していた。火の玉魔法が通用しないとなれば、これはもう間違いないだろう。しかしノエルの放った魔法の威力は相当なもので、これを打ち消すほどのものとなれば、相当な魔術師がゴーレムを作るか改造したものと思われる。
「あ、危ねえ……。なあノエル! もしかして、かなりマズいのか」
ダリルが叫んだ。後方の比較的安全な場所にいたのだが、ゴーレムの攻撃による衝撃で、石畳の破片が飛んできて肝を冷やしていた。あんなものを頭にでも食らおうものなら、即お陀仏だ。
「ああ、かなり不味い。どうするべきか検討中だ!」
ノエルも動き回って、暴れるゴーレムから逃げている。
「おいおい、検討中って! そんな悠長なこと言ってる場合なのか――うわぁ!」
また破片が飛んでくる。大慌てで逃げ惑う。
「チョーシに乗らないでよ!」
アーシェは、自ら剣に気を込めて、その剣撃の威力を高めると、素早く飛び掛かってゴーレムの脳天に一撃をお見舞いした。
しかし、やはり通用せずに弾かれる。アーシェは悔しそうな顔でゴーレムを睨んでいるが、どうにもならない。
アーシェは天界の聖騎士だ。本来の力を出せば、あんなゴーレムなど大したものではない。しかし、聖騎士は聖騎士であることをなるべく伏せて活動しなくてはならない。人間たちに知られれば、その影響力は計り知れないのだ。
だが、このままではゴーレムの防衛に屈してスゴスゴと退却しなくてはならない。それでは折角の足掛かりを失いかねない。
アーシェはもう決めた。ノエルに向かって叫ぶ。
「こんなんじゃいつまで経っても終わらないわ! ノエル、使うよ!」
ノエルはその意味をすぐに察知すると、少し渋い顔をしつつも答えた。
「……わかった。こうなったらしょうがない。でもやりすぎるな!」
「よっしゃ! もう逃げ惑うのはおしまい。行くわよ!」
アーシェの目つきが、自信に満ちたものに変わった。そして、何か気を溜めるような仕草をして剣を構えた。アーシェの体が薄らと光り出す。
それに気がついたゴーレムはすぐに突進してきた。何かを察知したのかもしれない。
アーシェを包む光は次第に強くなり、一般人であるダリルにも、その尋常でない「オーラ」が感じられるほどになった。
そして、アーシェの構えがわずかに動き、その剣先が突進してくるゴーレムを射抜かんと突き出されると、咄嗟に大きな声で叫んだ。
「必殺! ミーティア・ストライクッ!」
体が光に包まれたアーシェが、ゴーレムに向かって剣を突き出したまま飛び出した。まるで銃から弾丸が射出され、標的めがけて一直線に吸い込まれていくかのように、光を纏ったアーシェが突っ込む。
そして、その剣がゴーレムの胴体に達すると、あの傷一つつけられなかった硬い装甲を軽々と打ち破った。そのまま突き抜けて、ゴーレムの後方に飛び出してくると、そこに着地した。そしてアーシェの纏う光が消えていく。
ゴーレムは咆哮をあげることもできず、次第に動きが鈍くなり、ついに動かなくなると、その場に倒れ込んだ。
「見たか! 宇宙一の美少女剣士、アーシェちゃんの華麗なる必殺技!」
得意げにピースなどしながら、決めポーズをとる。そしてノエルやダリルに笑顔で手を振っている。
「す、すげえ!」
ダリルは興奮気味に叫ぶ。
「アタシにかかったら、まあこんなもんヨ!」
駆け寄ってきたダリルと抱き合いながら、強敵打倒成功を祝勝するアーシェ。しかしノエルは何か深刻そうな顔をして考え込んでいる。
「おい、ノエル。そんな辛気臭い顔するなよ。やったぜ。この最大の難関を突破出来んだぜ」
「……ああ。まあいい、先を急ごう」
そう言うと、ノエルはゴーレムの残骸を横目に見ながら先に進んでいった。
「お、おい! どうしたんだ、ノエルのダンナ!」
ダリルも慌ててノエルの後を追う。アーシェもそれに続いた。
「ここまで来たらもう出口は近いぜ」
先頭を歩くダリルは、後ろのアーシェたちに声をかけた。あのゴーレムのいたホールの先は、比較的整備された通路になっていて、魔力を使った灯りが壁に取り付けられていた。そのため、もうランプは不要だ。
「もうすぐ出口だって、ノエル。……ノエル?」
アーシェは隣を歩くノエルに声をかけたものの、どうも返事がない。しかも難しい顔をしたまま、何か考えごとをしているようだ。
「……うん? なんだアーシェ」
「いや、別に――もうすぐ出口だって」
「そ、そうか。意外と早かったな」
「そうだね」
他愛ない話で終わってしまったが、ともかく、ノエルの頭は、先ほどのゴーレムのことでいっぱいだった。
今では、地上ではほとんど見かけることがないゴーレム。しかも、あれだけの魔力耐性を持たせるとは。もちろん、元からそういうゴーレムであり、それをあの場所の番人として置いていただけかもしれない。
だが、ゴーレムはそれを操れる魔力を持ち合わせた者でなければ、扱うことができない。これは言うならば、
――それだけ強力な魔力を持ったものがいて、あの場所を守らせるという、強い理由がある。
ということになる。あの通路は、一般住民地域と貴族階級地域を隔てる壁に、言わば抜け穴が開いているものだ。ならば、この通路を行き来させないために用意した、という理由が予想される。
ダリルが話していたのを思い出すと、あそこは一部の人間しか知らないという。また、どうして塞がないのか? ある意味、ここを通り抜けようとすることを誘っているかのようでもある。色々とわからないことが多い。
ずっとそんなことを考えていたノエルは、突然強い光に顔を照らされ面食らった。思わず腕で顔を覆ったが、その様子に驚いて声をかけられる。
「ノエル、どうしたの?」
「あ、ああ。別になんでもない。……外か」
「そうだよ。ここが貴族の人たちが住んでる場所みたいだよ」
アーシェは不思議そうな顔をして、ノエルの顔を覗き込んでいる。
「なあ、ノエル。アンタ、ゴーレム倒した後からずっと変だぜ?」
「変? どうしてだ。僕は変じゃないぞ!」
ノエルは憤慨した。
「まあまあ、怒らないでくれよ。大丈夫ならいいんだ。さあ、とりあえず仕事を済ませてこようか」