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第三十四話

 会長と副会長という圧倒的なイケメンに挟まれて、僕は気おくれしならホテルを出た。

 周囲の女子の視線が痛い……。


 二人の間にいたくないから、スーッと後ろに下がると、二人がかりで「はぐれるな」「迷子になるぞ」と叱られ、手首を掴まれて連行された。

 完全な『囚われた宇宙人』スタイルで、僕の引っ越し先までやって来た。


「ほえー……」


 目の前にそびえ立つ立派なマンションを見上げ、ぽかんと口を開けてしまった。

 グレー一色で無駄な装飾のないシンプルな造りだが、スタイリッシュでかっこいい。

 芸能人が住んでいそうなマンションに、思わず足が竦む。


「うわあ……高い……」

「三十二階建て地下二階のタワーマンションだぞ」

「三十二階!! 地下二階!?」


 やっぱり、芸能人とかお金持ちが住む場所では!?

 こんなところに、僕のようなただの学生が住んでいいの!?


 二階建てのボロアパートから、学園都市内でもトップクラスのタワーマンションへ――。

 ジャンプアップにもほどがある。


「色々と大変だったんだぞ。ここを勝ち取ってきたオレを褒めてくれ」


 副会長が「えっへん」と胸を張っている。

 ここって、副会長が色々と頑張って手配してくれたのか。

 てっきり、貴久先輩と一緒のところでいいか、と簡単なノリで決められたと思ってた。

 どんな作業なのかまったく分からないから、大変さが分からないけれど、副会長がわざわざ口にするくらいだから、本当に大変だったんだろうな……。


「こんなすごいところに住めるなんて、ほんとに恐れ多いけど……。夢みたい、すごく嬉しいです! 副会長、ありがとうございます! わあっ」


 ぺこりと礼をすると、副会長に下がった頭を脇にかかえるようにしてホールドされた。

 その上で、ワシャワシャと頭を撫でられる。


「お前は誰かさんたちと違って、素直で可愛いなあ!」

「や、やめてー!」


 髪がどんどんボサボサになっていく。

 早く頭を上げたいです!


 会長はマンションが近づくにつれて、機嫌が悪くなっていて、今も助けてくれない。

 わずかに顔を顰めているけれど……眺めてないで、副会長を止めて!


「あー癒やされたわ。アニマルセラピー凄えわ」


 やっと終わった……ってアニマルセラピー?

 僕を動物だと思っているということですか?


「せめて海の生き物にしてください」と抗議をしようと思ったが、ちょうど副会長のスマホが鳴った。

 メッセージを返しているようなので、邪魔をしないように抗議はグッと飲み込んだ。

 あとで賢い生き物、イルカとかクジラとかタコにして貰うようにお願いしよう。

 サイズ的にタコかなあ。


 マンションの正面玄関を見ると、まるでホテルのようだった。

 道からダイレクトに自分の部屋の扉がある、年季の入った木造アパートに住んでいた僕には、正面玄関が存在しているだけでも感動だ。

 すごい、自動ドアだ!


「あ」


 正面玄関を見ていると、中からキラキラと輝いた人が現れた。

 さすがタワーマンション、住んでいる人も上流階級……と思ったら、とても見慣れた人で目が合った。

 僕を見て、天使のような笑顔を浮かべている。


「零、おはよう」

「貴久先輩、おはようございます……」


 正面玄関から出てきた貴久先輩が、目の前にやって来た。

 副会長がやりとりをしていたのは貴久先輩だったようだ。

 到着した、と連絡したのだろう。

 私服の貴久先輩を久しぶりに見たけれど……やっぱりかっこいい。

 シックな色合いの服を着ているから、大人っぽく見える。


 ……というか、昨日電話であんなやり取りをしたあとなので気まずい。

 ちゃんと話し合いができたことはよかったけれど、予想外に流れになった。

 どんな態度を取ったらいいのか分からない。


 混乱していると、会長が僕と貴久先輩の間に割って入った。


「…………」

「…………」


 貴久先輩と会長が、無言でにらみ合っている……。

 会長の表情は分からないけど、背中から出ているオーラが怖いし、貴久先輩の無表情も怖い。

 この空気、どうするの!? と思っていたら――。


「ほーら、湊! いいところだろ! お前もオレを褒めろ!」

「は? 離せ、急に何だ?」


 突然、副会長が会長の肩に腕をまわして話し始めた。

 自然に離れていくが……どこに行くの? 急に何?

 会長もわけが分からないと、鬱陶しがっている。


「零」

「!」


 会長達に気を取られていると、貴久先輩に手を握られた。


「彩斗から聞いたよ。危険なところに住んでいたんだって? ごめんね、気づいてあげられなくて……。これからはオレがちゃんと守るから安心してね」

「えーと……?」


 ご近所さんだし、ただの後輩として救助を求めたいことがあるかもしれないけれど、都合よく頼ってもいいのだろうか。

 そんなことを考えていると、少し離れたところにいる会長と副会長の揉める声が聞こえてきた。


「彩斗離せ!」


 会長の怒声と同時に「ゴンッ」という鈍い音が響いた。何事!?


「いっ……てーな!! 本気で何が殴るなよ馬鹿!!」


 副会長も怒鳴り返しているが……殴る!?

 止めなくて大丈夫!?

 そちらを見ようとしたところで、会長が戻ってきた。

 そして、僕の手を握っている貴久先輩の手を叩き落とすと、僕を自分の背中に隠した。


「もうお前のものじゃない」

「…………」


 会長の背中越しに貴久先輩がちらりと見えたが……無表情がこわい。


「お前のものでもないっつーの!」

「!」


 副会長が会長の頭にチョップを入れた。

 わあ……副会長の手も、会長の頭も、両方痛そう……。


「彩斗。お前は本当に……俺に何の恨みがあるんだ? ああ!?」


 会長が副会長に掴みかかる勢いで怒る。

 副会長はヘラヘラ笑っているけれど、大丈夫かなあ。

 タコの僕にはホホジロザメとシャチの争いは止められません。

 ハラハラしながら二人を見守っていたのだが、貴久先輩がぽんと僕の肩に手を置いた。


「零の荷物はもう運び終わったんだ。マンションの設備とか教えてあげるよ。先に行こうか」

「えっ! えっと……?」


 貴久先輩は僕の肩を抱いたまま、正面玄関へと向かい始めたが……放っておいていいの?

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