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夏至の国. prelude


「アシュレイ公が、階位落ちしたんだってね」



苛立つ程に気弱なその言葉に、フリードリヒは優雅に眉を顰めるに留めた。

感情をすぐ露わにするのが、この預かり物の人外者の愚かなところだ。


「フリードリヒは、アシュレイ公の代行物を知ってる?あんな風に力が欠け落ちることがあるなんて、僕は知らなかった…………」


「そりゃね、代行物によっては自分の感情が自分自身を損なわせることもあるだろうね。そういう系譜の代行者はさ」


「アシュレイ公は欲望の代行者だから、自身の欲求が満たされないということなのかな」

「知ってるのかよ!」


丁寧にぼかして教えてやったつもりが、不謹慎にも直接の言葉で語られてフリードリヒは柳眉を跳ね上げる。


「三階位落ちだよ?このままじゃ、アシュレイ公は円卓の五柱からも溢れてしまうのかな?」


「腰抜けのことなんて知らないね。このまま枯れてくれれば、僕は階位も上がるし願ったりだけど」


「でも、フリードリヒは怒ってるよね?」

「はぁ?!」


「あの子が死んでから、ずっと怒ってる。アシュレイ公が階位落ちしてからは、もっと怒ってる」


「斜めった分析しないでよね!僕のどこが怒ってるっていうんだ?!ただ腰抜けが目の前にいて、不愉快なだけだよ!!」


「一応、極秘任務中なんだから、怒鳴るのはいけないよ、フリードリヒ」

「お前が始めたんだろ!!!」



現在、フリードリヒとラスティアの部下であるカルティノが潜入しているのは、南のハルセリア。


ロードの領地内にも、ハルセというこの国の飛び地がある。

夏至祭を司るクローディアの傘下となる国境域、砂漠の中の小さな国だ。



「それにしても、クローディアで新しい幹部候補なんて初めてじゃない?」



クローディアは常夏と結実を司る国だ。

同じ大国であるリベルフィリアが満願成就ならば、この国は元より恵まれた満開の花なのである。



「クローディアの代行者は、産まれ出たそのときから、己の資質を満開にしている。この時期に新生でもなけりゃ、移民なんだろう」



一月前に、幾つかの国の目を引いた、トラン滅亡の報せ。


ハルセリアの隣にあった古い王国は、一晩で歴史から消えた。

かの国の代行者に生き延びた者はなく、伝え残る情報は心許ない。


ただ、積み重なる死体の上を歩いていた小柄な代行者の話が、雪片のように残るばかり。

クローディアの新代の代行者は、その者を招き入れたのではともっぱらの噂だ。



「今までに聞かないアールのようだから、やはり新しく産まれたのかな?」


「さぁね。でもどちらにせよ、大国の高位に成り得るやつが産まれるのは、滅多にないことだよ」


その代行者の報を受けて、リベルフィリアの総王は、調べておいでと珍しく興味を示した。


そして現在二人は、昨晩ハルセリアの酒場で出会った人間の傭兵とここで待ち合わせている。

ラスティアの管理下にあるラエドから、人間としての国の行き来のいろはを伝授されたのだ。

年若い魔術師に扮しているのには理由があって、クローディアは人間に寛容な国であるからだ。

人間を庇護するべき隣人として扱い、その王宮には人間の能力者が登用されていると聞く。


「でもさ、待ち合わせ場所はここでいいの?」


カルティノが不安そうになるのも当然だった。


現在の二人が立っている場所は、廃墟ではない。

昨晩まで一つの小さな町があり、数百人の人間が暮していた筈の場所だった。



「見事に、……みんな死んじゃってるね」


ここは要塞都市の一つだ。

かくも徹底的に殲滅されたとあれば、これはある種の制裁だったのだろうか。


「あの傭兵に、昨日は隣町に泊まれって言われたのって、これのこと?」


「そ。これのこと」


「サム!」


不意に背後からかけられた声に、カルティノは本気で驚いている。

いくら人間に擬態しているとは言えあまりの無防備さに、フリードリヒは深く溜息を吐いた。


「牙を研ぐにせよ、この街はいささかやり過ぎたからなぁ。そりゃ、あいつも怒るだろうさ」


「あんた、一介の傭兵じゃなかったの」


フリードリヒの疑問に、サムは頭を掻いて笑った。


いささか草臥れた風合いではあるが、よく見れば整った容貌はしている。

だが、ぼさぼさの黒髪と無精髭で台無しだ。


「一介の傭兵風情が、入国書類を準備出来る訳がないだろ。お前達、本当にお坊ちゃんなんだなぁ」

「……何それ馬鹿にしてるの?」

「フリード!」


「いや、誉めてるんだよ。素直なのはいいことだぞ。少なくとも、俺の主人の上司には好かれそうだ」

「フリード!喧嘩腰にならないの!ほら、サムはちゃんと迎えに来てくれたでしょ?」

「カル………。お前本当に鬱陶しい」

「何で?!」


言い合う二人を面白そうに見ていたサムが、ふと振り返った。


「おう、重労働明けのお嬢さんがご帰還だ。あれが俺の主人ね」



その視線の先を辿って、フリードリヒは瞠目した。



そこに居たのは、漆黒のフードを深く被った小柄な人間。



そのフードから溢れる長い髪と横顔は、一年前にリベルフィリアから喪われた少女のものに酷似していた。


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