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MATTO-A5 ~リトア編~  作者: 咲之美影
初恋は甘く切なく罪の味がする
22/25

★NO.undici――未来へ繋ぐ ラモーレ エテルノ


 ギリシャの大陸部分南端に広がるペロポニソス半島――アルカディアは、稼穡に適さない山岳地帯だが理想郷と伝承されている。


 黄緑色の絨毯、透き通った水、山にかかる雲、心地良い風、無限大の青空、生と死が混合し存在した世界はどの国々より神々しい。自慢の故国だ。


 「帰ってきた……」


 そんな愛する母国に南イタリアのバーリからフェリーで直行帰国したものの、見下ろす腕時計の針は午前八時を指していた。即ち今日は戦争の二日目――時間がない。


 (一刻も早く父を……っ)


 俺は息つく間もなく都市トリポリに迎い、本邸へ戻るや否や、迷いない歩調で大広間に踏み込んだ。バタン、と開けた扉が響き渡る。


 「――父さんっ!」


 同時に反響した自分のドでかい第一声で、その場にいる同胞たちが一斉に振り返った。


 「リトア様!?」


 「リトア様だ!」


 「リトア様のご帰還だぞ!」


 「リトア様ッ、もっと近くで御尊顔を拝見させて頂きたい!」


 わっと白々しい歓声が湧き上がる。滑稽な光景だ、見るに堪えない。


 (一筋縄でいかない俺を疎んでるクセに……、いつだってお前らは……)


 偽言で俺の孤独を抉り弄ぶ。本能と狂気に身を任せる彼らは心を持たない、中身のない正真正銘の――災厄を糧とする化物だ。


 「父とロト、三人で話がしたい」


 遠回しに『お前らは邪魔』だと退室を命じた。余計な横槍で話に水を差されたくない。


 「ですがリトア様!」


 「我々は!」


 「…………」


 反論する一部を無言で睨んだ。凍った空気に全員の喉が詰まる。


 「……ッ、ごゆっくりどうぞリトア様」


 渋々といった面持ちで従い、皆一様にぞろぞろ部屋を出ていった。居残るは無論、俺を含め三人だ。


 (――さて)


 ようやく視界が開け、中央まで歩を進め立ち止まる。久々の対面に『感動』はない。


 「……兄さんっ!」


 「ありがとうロト、ご苦労だったね」


 駆け寄ってきたロトに礼を告げ、無表情で王座に座る父・リュカーオーンを見据えた。


 父は黒シャツに璃紺スーツを重ね、首元にはネクタイ代わりで狼の毛皮を巻いている。容貌は眉目秀麗だ、狼族を自ら築き上げてきた『太祖』の風格も伊達ではない。


 「ロトに私を抑留させ満足か?」


 父は黄金目の黒い瞳孔を刃に細め、冷笑を浮かべた。どうやらご立腹の様子だ、容赦ない態度で威圧される。


 だけど焦りは一切ない。予測の範囲内だ。


 「ええまあ、お陰で貴方に直接報告ができます」


 「……ほう、貴公が私に『報告』する行為は初めてだ。申してみよ」


 促され、ロトを見やる。心配げな表情に相槌を打ち、俺は逡巡せず刹那の沈黙を破った。


 「私は貴方の血を引く始祖家の王血ですが、父さんが忌み嫌う下等な人間……血族・陰影隊との間に子を授かりました」


 「――――」


 突然の告白に案の定の反応である。顔面蒼白の父を意に介さず、俺は言葉を継いだ。


 「リュカーオーン家始まって以来の汚点でしょう。これを古き掟と歴史を重んじる協会に言えば、息子の『失敗』を誰の首一つで処理する選択をなさると思いますか?」


 ウルフ協会は衰退の一途を辿る父に危惧の念を抱き、度々、『瑞々しい王血を玉座に』と隠居を仄めかす発言をしていた。要は厄介者扱いだ。故にこの機で狙うだろう。


 「――私の首は狩らせん」


 「わかっています」


 俺は間髪を容れず頷いた。父の性格だ、自ら命を差し出すわけがない。


 「ハア……、今日は星の巡りが悪い。先程、ラティオスに増援を送ったばかりだ。しかし粗暴な戦法で状況は悪化する一方、私が出向かない限り勝利を収める可能性は低い。何にしろ――彼奴の領地に乗り込む兵力は手元に残っておらん、それを承知で私を脅し今回の一連に『終止符を打て』と命じておるのか」


 そうため息交じりに淡々と言い連ねた父は、俺の行いを揶揄せず怒鳴らず、意外な冷静さで『最期の望み』を訊ねてくる。野性的な両眼で「答えよ」と催促された。


 「――はい。どうか私の首で『敗北』と『大罪』二つの汚点を拭い去り……、子の誕生はお忘れ下さい」


 覚悟は揺らがない。俺は跪き、眠り懇願する。


 「確かに聞き届けたなロト、貴公が承認だ」


 「はい……ッ」


 ロトは掠れた声で返事をし、ギリリと奥歯を鳴らした。末子は本当に優しい子だ。きっと歯痒い顔をしているに違いない。


 「申し分ない判断だ。決行は明日の半宵二十七時、異論はないなリトアよ」


 「ありがとうございます」


 永き旅路の終着点が決まる。不安や恐怖はない。俺は目を瞑り、瞼の裏に映る大神に微笑んだのだった。



          *          *          *



 陰影隊と狼族の戦争は三日三晩続き、軍配は陰影隊に上がった。多大な犠牲を双方払ったにも拘わらず、数え切れない屍の上で獲得したものは『勝利と敗北』の憫然たる文字のみだ。恋人を殺された勝利者、友を失った敗北者、親を奪われた子供、戦争後は苦しみ悲しみしか残らない。


 (…………、俺の命一つで両一族の運命が変わるといいけど)


 処刑時刻――半宵二十七時、白い布一枚で身を包んだ俺は地下室にいた。そして時計の針が重なると同時に、中央で待つロトのところへ足を運んだ。


 「ロト、あとのことは宜しく頼むよ」


 「兄さん……、任せ……てっ」


 「良かった。大丈夫、きっと彼女が元気な子を産んでくれる」


 泣きながら頷くロトににっこり笑いかけ、俺はその場で跪き両手を後ろに回す。直後、背後から抱き締められた。


 「俺は兄さんが大好きだよ……ッ!」


 「ありがとう、俺は良い末弟に恵まれたね。ほら、時間がないよ」


 優しい弟の腕をぽんぽん叩き促せば、涙を拭うロトが銀の鎖で十字架の柱と俺の両手を括りつける。そう、ここが処刑台だ。


 「――では、ダニエルの書の秩序に倣い処刑を決行する」


 長剣を持つ父が号令を上げ、ロトは名残惜しそうに離れていった。含み笑う俺に誰も気づきやしない。


 (大神……)


 愛しい彼女の名を心で呼んだ。愛する人がいる、ただそれだけで世界は輝きを増す。


 (俺は孤独じゃない。愛してるよ、大神……永遠にキミを)


 彼女に語りかけた瞬間、走馬灯が駆け巡り、俺と言う存在は白い灰となって消滅した。最期の一瞬に願った夢は言うまでもない。


 「もし来世があるなら、また必ず大神と出逢えますように」


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