(NO.undici――未来へ繋ぐ ラモーレ エテルノ
「リュカーオーン様、本当に良かったのですか? 下等な人間に太祖直結の血を引く赤子を産ませても」
「ふっ、なに心配はいらん。忌まわしきヴァンパイア一族と違い、人間の女がウルフの混血を出産できる確率は低い。万が一のときは、血族が必ず始末するだろう。彼奴も又、狼族を疎んでおるからな。子は身籠った女諸共、処分するに決まっておる」
リトアの死灰を集めるロトは、リュカーオーンと側近アットの会話に耳を傾けていた。
(負けるな大神さん……、頑張れ! 頑張れッ! 天上神……お願いっ、お願いだよ……!)
命懸けで家族を護り死んだ兄リトアに、せめていい報告をしてあげたい。ロトは死灰を握る手を胸に当て、何度も「頑張れ」「負けるな」と叫んだ。
* * *
「う~~っ、痛い……」
リトアが自分の元から去った翌日の子夜――、何の前触れなく子宮の収縮が始まると同時に破水した。まだ妊娠五カ月目だけれど、私の孕んだ赤子は半分ウルフの血を引いている。リトアによれば、ウルフの妊娠期間は約二カ月らしい。故にこれは妥当な――正常な――何ら慌てる必要のない陣痛だ。
そして不規則な痛みに耐え、かれこれ二時間半が経過した頃、ようやく間隔が狭まる。規則的な波はお産の本格的な合図だ、焦らず呼吸で上手く流れを掴みたい。
「彼の言う通り……ハアハア、んっ、出産準備やってて正解だった……ッ」
バスタオル二枚、お湯の入ったタライ二杯、へその緒を切るハサミ二つ、すべて床の横に備えていた。抜かりはない、あとは激痛との戦いである。
「クッ、……もっ、……」
ひたすら、いきみを我慢した。強烈な痛みで意識が飛びそうだ。
「リ、トア……ッ!」
正直、一人は心細い。不安で堪らない。
しかし私は彼に言った。こんな状態でも鮮明に思い出せる。
『……私は忍よ、必ず元気な子を産んでみせる』
彼の覚悟に応えたい一心の言葉だった。もちろん発言は打ち消さない。全力で有言実行するつもりだ。
「くぅ~~、も、少し……! はあはあ……、ヴン~~ッ!」
絶対に弱音は吐かない。赤子も狭い骨盤を抜けようと頑張っている。母親として負けていられない私は気持ちを奮い立たせ、限られた体力でいきみを逃した。
そこへ突如、呼んでいない客が訪れる。
「アッ、カッ、ギー! 差し入れ持って来たわよー! ちょっと起きて一緒にグレープフルー……ツ、食べ……よ……」
聞き慣れた声、来訪者はイザナだった。消え去る声が動揺を伝えてくる、状況が状況だ無理もない。
「イ、ザナ……」
最悪のタイミングだ。何か言い訳しなければと思うものの、沸騰した頭の中では良い案が浮かばない。万事休す、だ。
(もし……、忍頭を呼ばれたら……ッ)
子供諸共殺される。地獄絵図が脳裏を過った。けれどイザナの予期せぬ行動により、刹那で危惧の念は泡となる。
「ちょっ、なっ、ええええ!? いったい……ッ、流産……じゃない……わよね、って頭が出てるじゃない! 驚いてる場合じゃないわっ、急がなきゃ!」
そう叫ぶや否や凄まじい勢いで水場に行き、これまた一瞬で舞い戻ってきた。
「よしっと! さあっ、いっちょやりますか!」
手には医療用具のゴム手袋がはめてある。使命感に満ちた表情だ。
「……お願い……ッ、します!」
思わず涙が溢れた。仲間の助けはいつだって有難い。
「緩むなバカ! アンタ母親よっ、しっかり踏ん張りなさい!」
「ンッ、……ヴヴ~~っ」
イザナの指示は最もだ。私は天上からぶら下がる布に体重をかけ、ぐしゃぐしゃな顔で踏ん張った。直後、一人目の産声が上がる。
「ンギャーッ、ンギャーッ!」
「二十七時ジャスト! おめでとうッ、元気な男の子よ!」
「……ダメ、もっ、一人……いる、のッ!」
喜んではいられない。私は再度、休まず踏ん張った。
「えっ――えええ! 双子だったの!? ちょっ、待っ、うんっ、いいわよ!」
「オギャーッ、オギャーッ!」
手早いイザナの対応で、無事、二人目の産声が上がる。瞬間、感動で視界が霞んだ。
「うっ、ふっ、うえ」
「あらあら泣き虫なママでしゅねー。ほら大神、こっちがお兄ちゃんでこっちが弟よ」
イザナがクスクス笑いながら、私の左右にバスタオルで包んだ赤子を寝かせた。真っ赤な頬、丸い鼻、小さな手、全部が愛おしい。
「私と……、リトアの……」
「やっぱり……耳と尻尾、生えてるわよね? ねえ大神アンタまさか……、大神? ねえ大神、どうし――なによこの出血量! 大神っ、ねえ大神!」
「…………」
イザナにありがとうと言えぬまま、子供たちを抱いてやれぬまま、私の心臓は役割りを終える。最期の記憶は瞼の裏に咲くリトアの笑顔だった。
『お疲れ様、大神』
* * *
カイン家の屋敷に赤子の声が響き渡る。あの手この手で構成員があやすけれど、二人は一向に泣き止まない。
「――ほう珍しい、双子か」
忍頭の報告を受け、当主ジョバンニ・カインが現れた。忍頭は跪き、頭を下げて告げる。
「……はい。まさか掟を破りウフルの子を身籠っていたとは……、当の本人は出血多量で死去致しております」
「うむ……、成程のう」
「処分は如何様に」
問う忍頭の前を通り過ぎ、ジョバンニは二人の赤子を器用な手つきで抱えた。すると、ぴたり同時に泣き止んだ。
「子に罪はない。殺す以外で対処せよ」
「――諾」
主の返答に忍頭は従う。その瞬間、赤子の命は取り敢えず未来へ繋がったのだった。




