囲い込む檻
騎士団寮へ戻る道中。
アオイは、カイルに支えられながら歩いていた。
市場での襲撃のあと、体の力がうまく戻らない。
魔力を使った反動だ。
「……すみません」
「だから謝るな」
カイルの返事は早い。
その声に、アオイは少し肩をすくめた。
ノアが隣から覗き込む。
「顔色悪いな」
「……平気です」
「平気なやつはそんな顔しない」
額に手を当てられる。
ひやりとした感触。
「ちょっ……」
「熱あるかと思った」
ノアは眉をひそめる。
「無理しすぎ」
レオンが後ろから言う。
「さっきの防御範囲、広すぎた」
「普通なら倒れてる」
アオイは目を伏せた。
(…また、守られてばっかりだな)
その考えを読んだみたいに、ユリウスが口を開く。
「逆です」
「え?」
「あなたがいなければ、被害が出ていました」
淡々とした声。
でも、その言葉はまっすぐだった。
「……」
胸が少しだけ温かくなる。
⸻
騎士団寮・会議室。
重い空気。
カイルが机に手をつく。
「結論は一つだ」
「護衛を増やす」
ノアが腕を組む。
「当然だな」
レオンも頷く。
「移動時の単独行動は禁止」
「寮内も見直すべきです」
ユリウスが資料を広げた。
「襲撃者の動きが正確すぎる」
「内部情報が漏れている可能性があります」
空気が張る。
ノアが顔をしかめる。
「……内通者?」
「可能性の話です」
ユリウスは冷静だった。
カイルは即断した。
「アオイの部屋を変える」
「……え?」
突然、自分の名前が出てアオイが顔を上げる。
「今の部屋は窓が多い。侵入経路になる」
レオンが言う。
「中央区画の方が安全だ」
ノアがニヤッと笑う。
「じゃあ俺の隣?」
「却下」
即答したのはカイルだった。
「俺の部屋の隣に移す」
「は?」
ノアが不満げな声を上げる。
「え~団長ずるくない?」
「アオイも俺の隣の方がいいよね?」
「ま…まぁ……」
アオイが戸惑う。
「俺の隣の方が最短で動ける」
カイルは冷静に返す。
「ちぇっ」
ノアが残念そうにアオイを見た
レオンがため息をついた。
「合理的ではあります」
ユリウスも頷く。
「最善ですね」
アオイだけが、状況についていけていない。
「……えっと……」
「ぼく……そんなに……」
カイルが真っ直ぐ見る。
「狙われている」
その一言で、全部止まった。
「次はもっと確実に来る」
「守れる距離に置く」
アオイの胸が、どくんと鳴る。
守られる。
それが嬉しいのに、少し苦しい。
(……また、守られてばっかり)
「……わかりました」
小さく頷く。
⸻
夜。
部屋の移動が終わった。
前より広い部屋。
しかも――
カイルの部屋のすぐ隣。
「……近い……」
扉一枚隔てた先にいると思うと、妙に落ち着かない。
コンコン。
扉が鳴る。
開けると、レオンだった。
「必要なもの、揃ってるか?」
「……はい」
「ならいい」
そう言って帰ろうとする。
でも、少しだけ止まる。
「……無理するな」
静かな声。
「頼るのは、弱さじゃない」
アオイは目を丸くした。
「……はい」
レオンは少しだけ表情を和らげて去った。
その直後。
またノック。
今度はノア。
「寝る前の見回り~♪」
勝手に入ってくる。
「え、ちょっ」
「ちゃんと安全確認」
そう言いながらベッドに座る。
近い。
距離が近い。
「……ノアさん」
「ん?」
「近いです」
ノアが笑う。
「今さら?」
その瞬間。
後ろから低い声。
「何してる」
カイルだった。
ノアが振り返る。
「見回りだけど?」
「終わったなら出ろ」
「団長こわっ!だいたい団長だけずるいんだよ!」
ぶつぶつ言いながら立ち上がる。
去り際、アオイの頭を軽く撫でた。
「おやすみ」
「……っ」
顔が熱くなる。
ノアが出ていく。
静かになる。
カイルは扉の前に立ったまま言った。
「何かあればすぐ呼べ」
「壁を叩けば聞こえる」
「……はい」
カイルは少しだけ迷ったあと、口を開く。
「今日は、よくやった」
短い言葉。
でも、アオイには十分だった。
「……ありがとうございます」
カイルは頷いて部屋を出た。
扉が閉まる。
一人になった部屋。
静かな夜。
でも――
廊下の向こうに、人の気配がある。
守られている気配。
それが、不思議と安心をくれた。
その頃。
王城の暗い一室。
ミサキは新しい書類を見ていた。
「騎士団寮の見取り図です」
差し出された紙。
ミサキはニヤリと笑った。
「……なるほど」
指先で、ある場所をなぞる。
アオイの新しい部屋。
「囲われたのなら――」
「檻ごと壊せばいい」
冷たい声が、闇に溶けた。




