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2_03 あ〇まれ不穏な森

 獣人側でいざこざがあろうと、人類側でゴタゴタがあろうと、正直森の奥に住む仙人みたいな生活をしている澪にとっては、ニュースで見る隣の国が戦争でーみたいな話の下位互換であった。


 なにせ噂でチラホラていどの話である。こちらの世界の常識もまだよくわかっていないのに想像をしろというのは無理があった。


 なので今日も今日とて澪はのんびりとログハウスの前に置いた椅子に腰かけて、人類側からもらったお茶を飲み、獣人側からもらった香辛料で味付けをしたお茶請けを食べる。


 最初は、異世界のお茶は果たして……と思っていたが、案外悪くない。まあ、質のばらつきはかなり目立つが、真水を飲んで味の薄い野菜をかじり続けていた頃に比べれば、泣いて小躍りしてもいいレベルの進化具合であった。まあ、実際真水をそのまま飲める方が貴重なんだろうけれど、そこは現代人の価値観というやつである。



 で、目の前には、こじんまり?とした自分用の畑がある。まあ、他にやることがない人が手入れをするなら全然人生において支障とならない程度のサイズである。


 バガ〇ンドを読んだことのある身としてはこのサイズでいいのかという疑問もあったが、謎にすくすく育つのと、イモというチート級戦略物質がある、あとは普通に味を無視したら飢え死にはしないという心の安寧を加味したサイズである。おいしいご飯は食べたいが、毎日胃に穴をあけながら働いてまで食べたいかと言われると今のところはそんなでもない。実際飢えてる人が聞いたら怒り狂いそうだなと思いつつ、お茶を飲んで深くは考えないようにする。


 で、その少し向こうに、試験場農場。まあ、名前だけは立派だが、実際には私……、いや、オッサン主体で、あれこれ試しては首をひねっているカオスな畑だ。種自体は日本のものなのである意味チート種ではあるが、実際に育てて、それが外で生きていけるかというとそうでもないので、現地の種と交配しつつ、この森以外でも育つようなハイブリッド種を作ろうと頑張っている。まあ、別に本国から言われているわけでもないので、崇高な食料問題解決というよりは、シンプルにオッサンが家でも畑をいじりたいがための涙ぐましい努力である。


 いまは謎の無限食品は範囲外に行くと消滅する。種は消滅しないが発芽する気はゼロという不思議仕様であった。コショウの種とかがあればそのまま無限に使えそうだったが、世の中都合のいいものはないらしい。


 からの、さらにその外側、まあほぼ森のあたりには、人類側の共同畑みたいなものが広がっている。誰が正式にそう呼び始めたのかは知らないが、もう私の中でもだいたいそんな扱いになっていた。もともとはオッサンが手広くやってた場所だった気がするが、うまくいかずに放棄したところに、もったいないから使わせてもらえないか? いいですよ。みたいな会話があった気がする。ログハウスからはほぼ見えない場所だし、森は近づくのも怖いので、何ならそれで変な魔物とかもついでに追っ払ってくれたらいいなという下心である。


 ログハウスの周りの平原は、魔物が一切出ないような仕様になっているらしく、まあ、魔物どころか害虫や雑草すらみないのだが、まあ、そこは多分転生チートみたいなものなのかもしれない。ただ森で襲われたことを考えると、そこらへんがラインなのだろう。あれ以降森に近づいていないので実際今どうなっているのかはわからないが、チラホラと弱い魔物はいるはいるらしい。怖いので細かくは聞いてないが。


 一息ついて、顔を上げて空を見る。今日もいい天気だ。ふわあ、とあくびをして太陽の方をみる。北の方からは、相変わらず雄大な滝と、せせらぎの音が聞こえる。


 晴れの日も雨の日も、なぜかあまり水量が変わらない謎の滝である。変な滝だなあと思っていたら、探索に行った人が、もっと上の方に端が分からないくらい大きな湖があったと言っていた。ただし、周囲には見たこともない危険そうな植物が死ぬほど生えていたらしく、あまり奥までは行かずに帰ってきたらしい。試しに触ってみたらめちゃくちゃ腫れたと言っていたので澪は死んでも近づかまいと思った。


 とはいえ雨が降ってもそこまで流量が変わらないのは謎だが、まあ、異世界だからそんなこともあるのだろうと考えていた。



 私は人類側も獣人側も、彼らの本拠地というか前哨基地がどこにあるのか正確には知らない。聞けば教えてくれるのかもしれないが、たぶん聞かない方がいいと思っている。ややこしい話になりそうだし、変にどちらかに肩入れをするとせっかくの均衡が壊れそうだなというのもあった。正直永遠にこの平和が続くと思うほど澪も楽観的ではないが、少なくとも自分の手でたたき壊すのは嫌だなと思っている。



 翌日、眠い目をこすりながら外に出ると、いつもと変わらない景色があったが、なんとなく人類側がいつもよりキッチリしている空気がしていた。


 ここ最近は澪に挨拶せずともある程度勝手にさせていた。なぜかというと、寝ているところに挨拶をされて起こされるのがしんどいからである。二度寝が増えたともいう。


 何かいつもと違うのかなとぐるっと見回すと、少し離れた畑では、グラーフさんが鍬を持っていた。


 なるほど。グラーフさんが畑を耕している姿は、なかなか見慣れない。けれど、手つきは妙にちゃんとしている。畝の端を直し、土を軽く掘り返し、時々何かを小さな紙に書きつけていた。そういえば兵農一致とかいう単語があったなと、まだ回転してない頭でぼんやりと思い出した。なるほど、畑仕事は食料もあるが兵士の鍛錬にもいいのかもしれない。


 まあ、とりあえずは勉強熱心、ということにしておこう。中間管理職とは、たぶんつらいものなのだ。だから鍬が空気を切る音がしているのだろう。


 ティッシさんは、その少し後ろにいた。畑の端で、草を抜いたり、道具を運んだり端の方でちょこまかしている。


 試験場農場の方では、オッサンが土を見ていた。


 オッサンは土を指でほぐし、手のひらに乗せて、また首をひねった。まあ、謎に生育が早い謎畑について解明しようとしているのだろう。



 実際は多分謎のチート能力なので考えても無駄な気がするが、それを言うと私が人外って言ってるような感じになるので、なかなか言いづらい。



 逆側を見ると、獣人側がログハウス前の机で寛いでいた。体力のある獣人とは言え、拠点からここまではなかなかに時間がかかるらしく、朝方は大体みんな目がショボショボしている。


 今日はマーヤさんだけではなく、ドーンさんも一緒だった。荷物はいつもより少し多い。布袋がいくつかと、乾いた葉を束ねたもの、それから小さな木箱。


 マーヤさんは、私の前で丁寧に頭を下げた。


「おはようございます。今日は大荷物ですね」


「おはようございます澪様、実は少しご相談がありまして」


「はい。できることであれば。何でしょう」


 マーヤさんは布袋を両手で持ち直した。若干何故か緊張している。とはいえ悪意は無さそうなのでなんだろうと澪は首をひねる。


「実はよい種がいくつか手に入りました。澪様は香辛料がお好きですし、人類側の方々も、味が薄いとか、肉の臭みがあるとかお話しされていたので……、毎回本国から持ってくることもできるのですが、いっそこちらを作ることは、えっと、皆様の利点になるのではないかと思いまして」


 マーヤがバレンタインデーのチョコですかというくらいの勢いで袋を見せて来る。


「え、香辛料ですか?」


 袋の中身を見てみるが、確かに前にもらった香辛料っぽい種が入っている。処理前なので見た目は違うが。


「香りの強い葉になるものや、乾かして保存しやすい実もあります。ただ、このあたりで育つかは分かりませんし、ものによっては成長にまあまあ時間がかかります。もしよろしければ、人類側の畑の邪魔にならない反対側の端を、試験的に間借りさせていただけないでしょうか」


 なるほど。


 じーっとマーヤの顔を見ると、少しだけ目を見開いて口を引き締めた。


 まあ、悪い話では全然ない。なにせ食事が豊かになるし、私の手間も増えない。


 川はいくつか流れているので、水で困っているわけではない。なんなら前世の日本と同じかそれ以上に水が豊富である。


 土地自体も使ってない土地は山ほどある。まあ無限化と言われたらそこまででもないが、端が見えない程度には広い。


「いいと思います。まずは少しだけ試して、育ちそうなら場所を考えましょうか」


 オッサンといろいろ試してみたが、どこでも育つがやっぱり水はけとか風あたりとか日光のあたりぐあいで違いは出る。


 まあそれもそうだよね、と澪はなんとなく納得していた。


「ありがとうございます」


 マーヤさんは、ほっとしたように息を吐いた。


 ドーンさんも頭を下げる。


「人類側の作業の邪魔にならないよう、こちらでも気をつけます」


 その言葉に、少し離れたところで鍬を持っていたグラーフさんが顔を上げた。


 しばらく何も言わず、マーヤさん、ドーンさん、畑の端、私の順に視線を動かす。それから、土のついた手を軽く払ってこちらへ歩いてきた。


 それを見て獣人側が少し緊張する。


 なにせグラーフさんは言葉は柔らかいが、見た目がとりあえずいかつい。歴戦のオッサンと爺さんを足してオーガを一つまみというような感じの猛者だ。ただ歩き方が少しぎこちないので前線で暴れていたのは昔のことだったのかもしれないが、と澪はなんとなくあたりをつけていた。


 まあそんな一応敵のボスみたいなのが近づいてきたら緊張するよなと他人事のように思っていた。


「澪さん」


「はい」


 グラーフさんはログハウスの向こう側、少し遠くの一角を指さした。


「あのあたりがいいんじゃないか。川も来ているし、距離もある。近すぎると、妙な受粉でもしたらお互い面倒だ。種も無限にあるわけではないだろうし」


「ああー、なるほど。受粉……」


 そういえば、そういうこともあるのかもしれない。詳しくは知らないけれど、近くに植えると混ざったりする話は聞いたことがある。少なくとも、試験場農場が現状そんな感じですでに混沌としている以上、これ以上よく分からないものを密集させるのは危ない気がした。


 なにせ異世界だ。突然人類を襲いだすヒマワリが爆誕しても不思議ではない。


「たしかに、安全のために離した方がよさそうですね」


「俺は畑の専門じゃないがな」


 そう言いながらも、グラーフさんは畝の向きと水の流れを見ていた。鍬を持ったまま、少し考えるように顎へ手を当てる。


「……あの男を呼んだ方が早いな」


 そう言って、グラーフさんは試験場農場の方にいたオッサンを呼んだ。


 オッサンはすぐ来た。


 土のついた手を服で拭きながら、マーヤさんの持っていた布袋の中をのぞく。


 その瞬間、顔が変わった。


 まるで、珍しい動物を見つけた子どもみたいな顔だった。いや、実際、珍しい植物の種を見つけたのだから、そのものではあるのだが。


 マーヤさんが種の説明をすると、オッサンは無言で何度も頷いた。


 そして、グラーフさんが指した遠くの一角を見た。


 その目が、明らかに輝いている。


「……楽しそうで何よりですね」


 私が小さく言うと、近くにいたグラーフさんが片眉を上げた。


「残業代は出ないと伝えておかんとな」


 グラーフさんは軽く首をすくめる


「獣人側も残業っていう概念があるんでしょうか」


「聞いたことないな。今度上司が居なさそうなときに聞いてみるか」


「ふふ、そうですね」


 グラーフさんは少しだけ口元を緩めた。


 オッサンは、種をひとつひとつ見比べて、土の匂いを嗅ぎ、日当たりを確認し、なぜか持っていた棒で地面に線を引き始めた。それを見てあわてて獣人側も後を追いながらメモをとったりと大慌てである。


 マーヤさんがオッサンとしゃべり、ドーンさんはその横で、どこからか取り出した紙に淡々と何かを書きつけている。


 グラーフさんは、静かにそのやり取りを見ていた。


 その横顔は嬉しそうでもあり、寂しそうでもある。


 グラーフさんはしばらくすると、また黙って畑の方へ戻った。




 彼らは戦争をしている。


 たぶん、今も。


 それでも、今ここにあるのは、土と種と、少し変なお茶と、やる気に満ちたオッサンだった。いや、オッサン以外もいるのだが。


 まあ、今はそれで十分だろう。


 国同士が仲が悪いのと、個人個人が友誼を結ぶのは別に自由であるし。


 平和な世界に慣れている澪はある意味、この世界からすると破天荒な考え方であった。




 昼を過ぎる頃には、試験場農場の端に新しい札が立っていた。


 誰が書いたのか、字が少し曲がっている。たぶんオッサンだ。あふれ出るパッションがそこに漏れていた。まあ、分かればいいというのもわかる。そんなことにリソースを割くぐらいなら別のことをしたいのであろう。オッサンは芸術肌であった。


 そしてそこには、獣人側から持ち込まれた種の名前が書かれている。


 見たことない文字だが自然と読める。ありがたいことにこれもチート能力だろう。ただ、作物名が聞いたことのないものだったので、結局どんなものなのかはよく分からなかった。そこのチートは無かった。


 マーヤさんはそれを見て、少しだけ嬉しそうにした。看板を作ったのはマーヤである。文字と比べて性格の几帳面さが出ている。最初の共同作業がこれでいいのかと思うが、本人としては満足そうなのでまあいいのではないだろうか。


 ドーンさんは途中からメモを取るのをほかの人に任せて、まあ、あきらめたともいうが、その隣で木箱を机代わりにして書類を広げていた。


「気分転換には良いかと思いまして」


 ドーンさんは真顔で言った。


「晴耕雨読にしてはちょっとハードワークでは?」


 私が言うと、ドーンさんは少しだけ目を伏せた。


「ははは、かなりですね。これでもいろいろと仕事が降ってきてまして」


 ラントとティッシは相変わらず端っこのほうで鍬を振り回していた。彼らの無尽蔵の体力はいったいどこから来るのだろうか。




 夕方近くになって、作業は一段落した。


 まだ何かが実ったわけではない。畑が急に広がったわけでもない。人数だって、村と呼ぶには全然足りない。


 ただ、獣人側の畑が出来て、物置代わりの小さな小屋もできた。


 人類側が持っていた作物の育て方と、獣人側が知っている保存の知恵が、少しだけ混ざった。




 まあ、こういうのが平和ってやつなんだろう。




 片づけをしていると、森の南寄りで鳥が一斉に飛び立った。らしい。視力のいい獣人が一斉にそっちをむいていたからだ。


 少し遅れて、遠くに細い煙が上がった。


 白い煙ではない。


 何かを知らせるための、まっすぐで、短い煙だった。一定間隔で出ている。


 それを見てドーンとマーヤさんの表情が変わった。


 グラーフさんは眉間にしわを寄せたまま、その煙をじっと見ていた。


「……見たことのない狼煙だな」


 小さく呟いた声は、誰に向けたものでもなさそうだった。


「すみません、澪様」


 ドーンさんが立ち上がる。


「用事が出来ましたのでこれにて今日は失礼させていただきます」


「急ぎですか?」


「そのようですね」


 答えは短かった。


 けれど、顔はいつものままだった。いつものままの顔で、いつもよりずっと早く荷をまとめている。


 マーヤさんは私に向かって丁寧に頭を下げた。


「本日はありがとうございました。畑のことはお任せください。また明日部下をこちらにやりますので、また澪様がお手すきの時にでもご挨拶させていただきます」


「あ、はい。気をつけてください」


「ありがとうございます」


 獣人側の二人は、来た時よりもずっと少ない言葉で去っていった。


 グラーフさんは、煙の上がった方をまだ見ていた。


「大丈夫ですかね」


 私は、なんとなくそう聞いた。


 グラーフさんはすぐには答えなかった。


 鍬を持ったまま、遠くの森を見ている。しばらくしてから、低い声で言った。


「どうだろうな。まあ、そこまで慌てては無かったから村がどうのこうのとかではないのだろう」


 そういってグラーフさんは首をすくめる。


 平和は良いものだ。


 だが、良いものは、すぐに無くなる。


 ラントとティッシは無表情で狼煙を見ていた。





 ドーンが獣人側の拠点へ戻った時、そこはすでに見知った拠点ではなかった。


 門の前に人が集まっている。炊き出しと医療班も居る。


 ベロームの使いが、ドーンを見るなり駆け寄ってきた。


「ドーン殿、こちらへ」


「状況は」


「先触れが来ました。後続も、まもなく」


 それだけで十分だった。


 先触れ。


 つまり、ただの知らせではない。何かが、こちらへ向かっている。


 ドーンは足を速めた。


 広場の向こうで、ベロームが立っていた。


 いつものように穏やかな顔をしている。けれど、目だけが違っていた。表情を作る余裕はあるが、余裕があるだけだ。


 その前に、獣人たちが数人倒れるように座り込んでいる。見覚えのある紋章があった。草食王系のものだ。


 そして、少し遅れて、本隊の先頭が森の影から現れた。


 最初に見えたのは、担架だった。


 大柄なカバ獣人が横たえられている。布で押さえられた脇腹から、まだ血の色が滲んでいた。顔色は悪い。だが、息はある。


 ヒ・オルザム。


 草食王。


 この拠点のトップであるヒ・ベロームの叔父である。


 ドーンは一瞬、足を止めた。


 その横を歩いていたのは、細身のヒョウ獣人だった。


 服は裂け、片腕には布が巻かれ、顔にも血と土がついている。命に関わるほどではなさそうだが、まともな状態ではない。それでも、その男は穏やかな顔をしていた。


「これはこれは」


 レ・パルディオは、掠れた声で言った。


「ンンッ、長い挨拶は省略しましょう。レ・パルディオ、かつての王の一人です。さて、ベローム殿。叔父上の容体はある程度安定はしていますが早急に治療を」


「承知しました。お前ら」


 ベロームは、頷いて救護班に合図をする。そして


 草食王系の従者、護衛、書記。何人かは自力で歩けず、肩を借りていた。中には、パルディオの側の者らしき姿もある。数は多くない。だが、混ざっている。


「……何がありました」


 ベロームの声は、静かだった。


 パルディオは答えようとして、軽く咳き込んだ。血が混じっているのか、唇の端を親指で拭う。それから、いつもの軽さを少しだけ戻したような顔で肩をすくめた。


「さて、話が長くなります。水を飲みながらでもよろしいか?」


「はっ、失礼いたしました。会議室に準備を。ほかのものは救護と食事等動け」


「はっ!」



 パルディオは会議室に深く腰掛け、救護担当から包帯を巻かれながら、優雅にお茶を飲んでため息をつく。


「いやいや、死ぬかと思いましたね。信心深いほうではありませんが、思いつく限りの神に祈りましたよ。残念ながら祈りは届かず、結局は貴君の叔父上に助けて頂いたのですが」


「いったい何がありましたか?」


「簡単に言えば、五王制が終わりました」


 誰も声を出さなかった。


「ヴァルガ殿が、ザンガ殿とボルグ殿を殺しました」


 ベロームは静かにうなずいた。


 パルディオは続けた。


「もともと二人は、森側の兵を南へ回し、ドワーフ相手に時間を稼がせるつもりでした。死兵として使う、と言った方が早いでしょうね」


 ベロームの指が、わずかに動いた。


「それを聞いて、ヴァルガ殿が動きました。まあ、消耗戦なんて正気の沙汰ではないですからね。あの二人は時間を稼いで自分の財宝をもってどこかにとんずらするつもりだったんでしょう」


 パルディオの声は、淡々としていた。


「ですが、ヴァルガ殿……、いや、彼らは、まともな力ではありませんでした。あれは……」


 そこで一度、言葉が止まる。


 軽薄な顔が、ほんの一瞬だけ剥がれた。


「少なくとも、私の知っている人の力ではなかった。……私も巻き込まれかけました。オルザム殿がかばってくださらなければ、ここには来られなかったでしょう」


 パルディオは頷く。


「あなたの部下は」


「生き残ったものは伝令を出しました」


 パルディオは、少しだけ笑った。


「中央の命令をそのまま聞くな。守備を固めろ。私が死んだことにしたければ、せめて確認してからにしろ、と」


「ずいぶんな伝言ですね」


「若輩者なので、言葉遣いが荒いのです。まあ符丁でもありますが」


 そう言ってから、パルディオは目を細めた。


「帰るには遠すぎました。オルザム殿を抱えて、私の領地まで戻るのは無理です。ここが、一番近い」


「身内ですからな。ご安心を」


 パルディオは、そこで初めて笑うのをやめた。


「さて、これからのことを考えましょう」


 ベロームは大きくため息をつく。


 考えると言っているが、結論は一つしかない。


「私は裏方がいいのですけれどね」


「年上には頑張っていただかないと」


 ベロームの言葉にパルディオは首をすくめる。




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