1_12 閑話 平和な森のための犠牲
ボスはボスだった。
忘れるくらいの昔から、その森が魔の森と呼ばれる所以の一つとなっているくらい、ボスは昔から居たし、強かった。
強い、では足りない。あらゆる魔法だの呪いだの、そういった“作用”そのものが届かない。
意識がある限り何も効かない。呪文も、剣も、毒も、なにも。自分だけはそのようなくだらない理の外にいる。なのでボスは無敵だった。
だからこそ魔の森で何の問題もなく生きてきたし、そしてボスは最強だった。
だから、最初は気が付かなかった。ある日を境に、森から魔物が消えていったのだ。
小物がいなくなることはある。縄張り争いに負けて逃げることもある。だが、今回は違う。ボスにとっては取るに足らない魔物だが、そこそこの気配が、根こそぎ消えていた。
ボスは取るに足らないと評しているが、実際はその1匹が人類圏に現れたら大軍で1匹を倒す必要があるレベルである。
それらが根こそぎ消えていった。
何かがあったらしい。そんな気はしていたが、気のせいだと思っていた。無敵なボスにとってはすべてが些事だ。
「……ふん」
ボスには何も効かないが、問題がある。
食うものが減る。
配下が減る。
貢物が減る。
無敵でも最強でも腹は減る。退屈は嫌だ。
ボスは森の中心を思い出した。あそこに“何か”の気配がする。
ちょっと前、ボスにとっては瞬き一つ前くらいの時から感じていた謎の存在。害意がないからか強さがわからない。
だが暴れる気配はない。だからきっと弱いはず。
そうだ。部下にしよう。
貢物を運ばせる。狩りをさせる。森の外から食料を引きずってこさせる。
反抗するなら半殺しにでも……
そう思った瞬間だった。
森の中心から視線を感じ、無意識に総毛だった。
視線、視線のはずだ。殺気もない。何もない。ただ、その視線は感じたことのないほど恐ろしいものだ。
はるか昔に忘れていた恐怖という感情を覚え、ボスは怒り狂った。
殺さねばならないと思った。
次の瞬間、ボスは森にいなかった。
真っ白い地面に、ぽつんと立っていた。
上は見渡す限り雲一つない空。空? 多分空だ。
地面は砂か塩かわからないが、果てしなく広がる地面。
混乱して固まっているその時、
「あれ、何か来た。……へえ、すごいじゃん。あの世界の規格から外れてるじゃん」
上から声がした。
軽い声だ。だが何も見えない。
ボスは吠えた。
「なんだお前は? 無礼者。姿を見せろ」
だが返事はない。いや、返事の形は取られない。
「久しぶりにコレクションがまた一つ増えた。さっすが澪だなー。まだ、ええとー、えっ、1年も経ってないのにこんなレアものを。しかもまあまあ元気そうだし。まあちょっとだけテコ入れして……。あ、忘れてた。さて、えーっと、まあ、とりあえずあっちに入れとくか」
意味が分からない。誰が誰だ。何が何だ。話を聞け。
問い直す間もなく、ボスの視界が暗くなった。
――指だ。
見たことのない巨大な指が、まるで小枝でも摘むようにボスをつまんだ。全力で暴れるが全く抵抗できない。
次の瞬間、足元が抜けた。そこには底なしの闇があった。
悲鳴を上げる間もなく、ボスはポイっと、その穴の中に投げられた。
「でも弱いから生き残るかなぁ。まあ頑張ってね」
声が遠ざかる。どれだけ吠えても返事は返ってこなかった。
気づけばボスは見知らぬ森に居た。
ボスは地面に爪を立て、体勢を整え、周りに殺気を飛ばして確認する。
森だ。森ではある。
だが、木が違う。
太い。高い。どれも異様な巨木で、前にいた森の十倍どころではない。生い茂る葉で空が見えない。
そして――奥だ。
奥から、感じたことのない殺気が、返事のように流れてくる。
暗闇の中に無数に目の光が浮かび上がってきた。
ああ。この視線は知っている。敵を見る目じゃない。”エサ”を見る目だ。
信じられないが、一目でわかる。ここでは、自分が最弱だ。
ボスは強かった。無敵だった。そして頭もよかった。運の悪いことに。
無敵だと思っていたのは、ただ“自分の世界”の話だったと瞬時に気づいてしまった。
ボスは無意識に一歩下がり、そして、意識的にさらに一歩下がった。
だが、闇に光る眼は増え、同じだけ近寄ってくる。
ボスは吠えながら、逃げた。走るしかなかった。
どうしてこんなことになったのだと。
そのちょっと前。
澪は、畑の端で首を傾げていた。
「……なーんか、森の奥の方からヤな視線を感じたような……」
澪は森をみて、しばらく空を見上げて、すぐに肩をすくめる。
「うーん、もう感じなくなったし……。まあ、気のせいか。変な魔物が出ないといいなぁ。怖い怖い」
そして、また畑に戻った。




