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第九話/マイ・フェア・レディ③

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  国宝級イケメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染にして彼女

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝経験者

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友


「悪い人……」

 小さく溜息をいた優子が呟いた。ジトっとにらむ、視線が痛い。


「緊急避難だ。やむを得ない処置だった……」

 苦い言い訳だ。『物言えば唇寒し秋の風』、とはこの事か。今は春だが……。


「ぷっ……緊急避難って……」

 突然、優子が噴き出した。ハハハ……と、お腹を抱えて笑い出す。どこかのツボにまったらしい。


「参ったなぁ……」

 それは素直な感想だった。俺も笑いが込み上げてきた。耐え切れず、くくく……、と笑いがれ出る。我ながら、芭蕉の句がジワジワとボディブローのように効いてきた。しばらく二人で笑い転げた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ひぃ……ひぃ……ひぃ……」


 お互い満身創痍だった。もはや、笑い疲れたと言っていい。俺は優子のそんな様子を見たことが無かった。優子から見た俺も同じだっただろう。


 俺は何をウジウジと悩んでいたんだろう。

 急に馬鹿馬鹿しくなった。と同時に、心が晴れ渡っていくのを感じた。


「はぁ、ホント……馬鹿よね。私たち……」


「ついでに結衣もな……。ヒャッホーウってなんだよ……」

 ククク……と、優子は笑いを嚙み殺した。


「やめてよ! もう! 思い出すと、また……」


「ヒャッホーウ!」


 俺が口真似すると、優子はまたお腹を抱えて笑い転げた。俺もつられて、また笑った。腹がよじれるようだった。


 やっと笑気が収まってきた所で顔を上げると、目の前には優子の顔があった。お互いの動きが静止画のように止まり、見つめ合う。その時の優子の顔は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。笑い転げて振り乱した髪が、整えられないままに幾筋いくすじか頬に張り付いている。上気した汗も手伝って、湿っているようだった。俺の顔も同じだろう。振り乱れた髪に、泣き腫らした眼。鼻水も垂れていたかもしれない。しかし、俺は優子の顔から目を背けることができなかった。優子も同じようだ。どちらからともなく、顔が近づいた。まばたきの延長線上のように、優子が目を閉じた。俺はその唇にそっとキスをした。


 静かだった。一瞬だったようでもあり、永久のようにも感じられる。切り取られた写真の如く、その一瞬がずっと続いていくような、不思議な感覚だった。


 ゆっくりと目を開いた優子に俺はもう一度、キスをした。一度も二度も変わるまい。ええい、ままよ、の精神だった。寝起きのような優子の瞳孔が覚醒し、一気に頬が紅潮する。


「えっ……私……」

 優子は信じられないという様子で、唇を手で覆って佇んでいる。壊れたレコーダーか、はたまた、アナウンサー養成学校の生徒のように、えっ、ばかりを反復していた。


「えっ……えっ……えー……えっ……えぇーーーーー⁉」


 最後は校内に響き渡るような、最大級の「え」で締めくくられた。


「ごめん……困らせるつもりはなかった」


「謝らないで……。謝られると……困る」

 背を向けて、優子が俯いている。長い沈黙が室内を支配していた。


「忘れましょう……。君には千絵ちゃんがいるんだし……」


「……ありがとう。だが、俺は一生、忘れない。今の気持ちに嘘はなかった。嘘にだけはしたくない……。都合がいいってのはわかってる。でも……」

 継ぐ句の出てこない俺に、振り返った優子は微笑みかけた。


「じゃ、私も忘れない! 一生! 忘れない!」

 今にも泣きそうな優子の笑顔を目の当たりにしたとき、俺は理解した。優子がネームプレートを取り上げた時のホッとした気持ちの正体を。


 千絵に渡すはずだった第一ボタンを回避したからではなかったのだと。心臓に一番近い、愛着のあるネームプレートを優子へ渡せたことへの安堵なのだと。それは理解から、確信へと変わろうとしていた。


 そして、改めて思うのであった。木崎優子には敵わないと。


お読みいただき、ありがとうございます。

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