表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/81

第七十六話/藤川千絵②

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  イケメン高校生→ブサメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝候補

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友

大里拓馬おおさとたくま  ブサメン高校生→イケメン高校生


 ややあって、玄関がゆっくりと開かれた。

 こうやってはっきりと千絵の顔を見るのは久しぶりだ。大里に殴られた頬は、跡もなくきれいに治っている。しかし、痩せていた。ただでさえ白い肌が、病人のように青白く淡い光を放っている。


 促されるままに、リビングの椅子に腰かける。千絵はケトルで湯を沸かすと、二人分のコーヒーを盆に載せて持ってきた。ふらつくような足取りに不安を覚えたが、それは本人も自覚しているのだろう。一歩一歩、ゆっくりゆっくりと慎重に運んできた。会話はない。二人とも黙りこくっていた。俺の対面に千絵が腰を下ろして、ようやく重い口を開いた。


「ありがとう」

 俺は差し出されたコーヒーを舐めるようにすすった。千絵はカップを両手で覆い、暖を取っている。コーヒーの表面が揺れるさまをつまらなさそうに観察しながら、黙っていた。


「退院したのね……」

 しばらく間があって、ようやく千絵が口を開いた。


「おかげさまで。この通り、元気だ。医者からは奇跡だなんて、言われたよ」

 俺は努めて明るく言った。


「学校は?」

 俺の制服姿を眺めながら、千絵は小さく呟いた。


「今日から、だった。でも、サボった」

 俺はおどけるように笑った。


「ふざけないで! 行きなさいよ! 学校!」


 突然、大声を張り上げた千絵に俺は驚いた。見ると、千絵のカップからコーヒーが零れている。千絵は気にする様子もない。俺は近くにあったタオルで、千絵の手を拭った。


「私の事は放っておいて!」

 俺の手を拒否するように弾くと、タオルをかすめ取って机の上を拭きはじめた。


「……放っておけるもんか。お前は俺の……」


 半身なのだから。

 お前が不幸である限り、俺も不幸なんだ。そんな簡単なことに何故気づかなかっただろう。俺の存在は藤川千絵をなくして成り立たない。全ては千絵の幸せが前提での話だった。それなのに俺は……。


 泣き出しそうな顔で机を拭き続ける千絵に、俺は諭すように語りかけた。


「強がるな。もう、強がらなくていいんだ……」

 ハッと見開かれた千絵の瞳から、一筋の涙が零れて机に落ちた。


「強がって、なんか……わた、しは……」


 そう言う間にも目からはなく涙が溢れ出てくる。

 千絵はタオルを千切れんばかりに握り締めると、顔を隠して机に突っ伏した。声を抑え込むような嗚咽が響く。俺は大里の言葉を思い出していた。

 千絵の中に俺が住んでいる。いくら容姿が変わっても、俺と千絵の関係に変わる所はなかった。それはただ一つの真実だった。


「……お前と俺は一心同体だ。人生の大半を共有してきたのだから。いくら隠しても、千絵の痛みは俺に通じているよ。もう、我慢しなくていいんだ……」

 俺は千絵の肩にそっと手を置いた。


 千絵は声を上げて泣いた。机に突っ伏したまま、何かを解き放つように大声で泣いたんだ。


 俺は心の中で優子に謝った。何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返した。あの夏祭りの夜の優子の美しい笑顔が脳裏を掠める。俺は握り潰されそうな心を辛うじて押し留めながら、目の前の千絵を見つめた。俺には千絵を置いていくことはできない。静かに燃え盛る決意だけが俺を支えていた。




 どれくらいの時間が経っただろう。いつの間にか千絵は静かになっていた。泣き果てて、眠っているのかもしれない。それでも俺は千絵の肩から手を離さなかった。手の平から伝わり続ける温かさが、千絵の存在の大きさを繰り返し意識させる。


 その時、机の下からクゥゥーンと子犬の鳴き声のような間の抜けた音が響いた。


「……お腹が……減ったのか?」

 俺は突っ伏したままの千絵に声をかけた。


「だって……。何も食べてないんだもん。仕方ないじゃない……」

 力なく言い訳する千絵は、耳まで真っ赤に染めている。俺は噴き出した。


「クククッ……パンでも焼くよ」

 立ち上がろうとした俺の腕を千絵が引き留める。


「……爽哉、しつこすぎ……」

 顔を上げても目を背けたままの千絵は、小さく呟いた。


「俺のお節介は、食らいついたら最後、離さないんだ。地の果てまで追いかけるぞ」

 千絵は小さく笑った。その目がやっと俺を見上げた。


「それに、優しすぎ……」


「過保護なんだよ、特に、千絵には、ね……」

 千絵の瞳には光が溢れていた。もうさっきまでの千絵はいない。


「……信じて、いいの?」


 俺を見つめる千絵の瞳には、俺が映っていた。醜男の俺が。何を言っても、恰好はつかないな……。自嘲しつつも俺は自分自身に言い聞かせるように、力強く言った。


「俺だけを信じろ。何があっても、何が起きても、俺はお前とともにある」

 しばらく千絵は真顔で見つめていたが、やがてコクリと頷いて立ち上がった。ふらつく足取りで目の前まで来ると、俺の胸に顔を埋めて再び泣きはじめた。


 俺はゆっくりと、だが、しっかりと千絵を抱きしめた。


お読みいただき、ありがとうございます。

皆様の応援が執筆の糧です。


「☆☆☆☆☆」を押して評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ