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第七十五話/藤川千絵①

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  イケメン高校生→ブサメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝候補

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友

大里拓馬おおさとたくま  ブサメン高校生→イケメン高校生


 退院して初の登校日、外気は既に秋の香りを含んでいて、空は高く、満面の青をたたえている。

 久しぶりに仰ぎ見る校舎へ辿り着くと、感慨にふける間も惜しんで校長室へ出頭した。


「あぁ、おはよう。元気そうだね」


「おかげさまで」

 挨拶もそこそこに、俺の処遇や受験への対応について、一連の校長の説明を聞いた。話し終えたタイミングで、俺にとっての本題を切り出した。


「千絵は……藤川千絵はどうなるんですか?」

 俺の問いに、校長は眉をひそめ、苦い顔をした。


「それは私の口からは言えないよ。本人に聞きなさい」


 それが聞けりゃあ、あんたには聞かねぇよ。この禿げ狸が!

 心の内で汚く毒つく俺の心は荒れていた。


 結局、知りたかったことの何一つも手に入れられなかった俺は、憤然として校長室を後にした。


 一度は教室へ向けた足を、俺は止めた。立ち止まって一瞬だけ思考を巡らせると、踵を返して職員室へ向かう。目的の人物はいつもの席に腰かけて、コーヒーを飲んでいた。俺は会釈をして職員室へ入ると、足早に小畑教諭の席へ駆け寄った。


「おぉ、中間! 心配したぞ!」

 まどろっこしい挨拶を自主的に省略し、小畑教諭に耳打ちする。


「藤川千絵は、どうなっていますか?」


 俺は小畑教諭と見つめ合う。見定めるようににらんでいた小畑教諭は小さく息を吐くと、

「まだ来ていない。このままだと中退しそうだ」

 短く耳打ちした。


 俺は愕然とした。校長の様子がおかしかったのも頷ける。まさか! よりも、やはり! が先に立った。


「……俺、体調が悪いみたいなんで、今日は帰ります」

 それだけ言い残して俺は踵を返した。その腕を小畑教諭が掴む。


「頼んだぞ」

 小さく呟いて、そっと腕を離した。自由になった俺は一つ頷いて、学校を後にする。来た道をなぞるように、駆けた。




 俺は息を切らせながら、人気のない隣家の呼び出しボタンを震える指で押した。しばらく経っても誰も出てくる様子はなく、何度もチャイムを鳴らしてみる。

 いないはずはないんだが……。俺はスマホを取り出すと、目の前の家へ電話を掛けた。電話の着信音だけが虚しく室内から響いている。

 俺は二階にある千絵の部屋の真下へ移動した。庭に散らばる砂利を手に取ると、小粒の石を選って左の手の平へ並べた。少しの逡巡の後、覚悟を決めた俺は、小石を千絵の部屋の窓へ目がけて放った。窓に当たった小石は、コン、と軽い音を立てると、役目が尽きたように転がり落ちてくる。何度目かのトライで、カーテンが小さく揺らいだ。やはり、いる。それでも千絵が顔をのぞかせる様子はない。俺は自分でもしつこいと感じるほど何度も何度も、小石を放り続けた。やがて、根負けしたようにそっと窓が開かれる。


「……なに?」

 カーテンの隙間から恨めしそうに睨みつける、パジャマ姿の千絵がそこにいた。


「話があるんだ!」


「私には、ない……。迷惑だから、帰って」

 千絵は眉根を顰めて、気だるげに吐き捨てた。


「中退するのか?」


「……関係ないでしょ」

 俺の言葉に肩をビクッと揺らすと、千絵はそっぽを向いた。小さな背中が震えている。


「関係ある! 俺が困る」


「なんで、あんたが困るのよ……」


「千絵を放ってはおけない。千絵が中退するなら、俺も高校を辞める!」

 千絵は背中を向けたまましばらく黙っていた。俺は拳を握り締めて、立ち尽くしていた。


「……着替えるから、少し待って……」


 観念したようにゆっくりと、千絵は暗がりの広がる部屋へ消えていった。

 カーテンが閉まるのを見届けて、俺は玄関へ駆け戻った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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