第三十三話/嗚呼、夏休み②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
夏祭り当日、西に傾いた太陽を横目に俺は家を出た。
門扉に手を掛けた所でお隣から、いってきまーす、と元気な声が響く。路地へ出た俺の身体は固まった。そこには浴衣に身を包んだ、千絵の姿があった。
紺の浴衣に濡羽色の髪が艶を放っている。流れるような白で花模様が描かれたその浴衣は、薄い桃色の帯と相まって決して派手なものではなかった。むしろ地味といえる。しかし、しなやかな肢体と色白な肌、上品な顔立ちを際立たせるには最高の逸品に思えた。
千絵と目が合う。お互いの時が止まった。
「おぅ、久しぶり……」
「えぇ、元気?」
ぎこちない微笑みで、千絵は答えた。
険悪がピークを迎えていた春の日から、千絵とは何度か顔を合わせている。それでも交わすのは短い言葉だけで、最近どう? とか、今日は暑いね、くらいだった。夏休みに入ると相対することは殆どなかった。部屋の窓から外を見た時に、着飾って出かける千絵を何度か目撃した程度だ。友達と一緒の時は安心した。しかし、一人で出かける千絵を見かける度に、俺の脳内には大里の姿が浮かんだ。そんな時には、一層激しいトレーニングで誤魔化すのであった。
「今から……夏祭り、行くの?」
「えぇ、そうよ」
「俺もそうなんだ。亮介と一緒にな。良かったら、途中まで一緒に行かないか?」
「そう……。いいよ」
一瞬、考え込むような素振りを見せた千絵は小さく首肯した。誰と一緒に回るつもりなのかは明らかにしない。俺たちは並んで歩きはじめた。
「臨時バスに乗るんだろ?」
「うん。そう。市役所から」
市役所までは、近い。貴重な時間だ。何を話そうかと考えはじめた俺に、意外にも千絵の方から声が掛けられた。
「なんだか……逞しくなったね」
「あー、トレーニングしてるからな」
事実、春からの四か月で十キロ以上は絞っていた。今では、身体の重さも感じない。
「結構、走りに行ってるよね。たまに見かける」
俺が千絵を見ていたように、千絵も俺を見ていたことが嬉しかった。
「どれくらい走ってるの?」
「そうだな。一日二十キロくらいかな」
「二十キロも⁉」
千絵は素直に驚きの声を上げた。
「慣れたら、苦じゃないぞ」
「私には無理だなー」
はにかんだ千絵の顔が過去の記憶と重なる。久しぶりに、後光が差して見えた。
他愛のない話を続けているうちに、市役所へ到着した。バスは俺の期待とは裏腹に、すぐにやってきた。花火大会までまだ時間があるせいか、満席ではなかった。一つだけ空いていた座席に、千絵を促す。その隣に立ち、つり革を握ると、緩やかにバスが出発した。
「勉強も頑張ってるみたいね。まさか、学年一位とは驚いたよ」
「あぁ、そうだな……」
俺は言い淀んだ。ズルをしているようで、罪悪感が圧し掛かる。
「以前の爽哉じゃないみたい……」
「生まれ変わったんだよ。千絵にたくさん迷惑を掛けたからな。悔い改めたんだ」
千絵は目を伏せて、コクリと一つ頷くと顔を上げて笑った。
「反省してるのなら、良し……」
やっと許されたと思った。俺は肩の荷が下りるのを感じていた。
解き放たれるようにたくさん話をした。千絵の好きな歌手の話、芸人の話、テレビの話、最近めっきり見なくなったテレビだが、過去の記憶を辿ってなんとか話題に食らいついた。千絵は笑っていた。失った時間を取り戻すように、俺も笑った。
楽しい時は、過ぎるのが早い。残酷にも、バスは会場へと到着した。バスから降りた千絵は、辺りを見渡して、小さく呟いた。
「……じゃ、私、こっちだから」
「あぁ、気をつけてな」
「もう、友恵さんに心配かけないようにね」
捨て台詞を残して、俺たちはあっさりと別れた。千絵が消え去った人ごみの先には、大里の姿があった。予想はしていたものの、笑顔で話す二人を見ると胸が締め付けられる。
「ヘイ、ヘイ、なぁに浮かない顔してんのー」
後ろから声を掛けてきたのは、亮介だった。振り返って見たその口元には、ピロピロ笛が踊っている。すでに出店を満喫していたらしい。
「お前ってやつは……」
笑いが込み上げていた。今は笑い飛ばすしかない。
「なになに、何がそんなに可笑しいの?」
愛すべき親友に、俺は心の中で感謝を告げた。
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