第三十話/木崎優子③
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
終業式前日の放課後、俺は優子を伴って生徒会室の扉を叩いた。鈴音は相変わらずの席で、山積みにされた書類と格闘していた。
「あぁ、いらっしゃい。どうぞ。座って」
「お忙しい所、すみません……」
優子は恐縮した様子で、促されるままに席に着いた。
「忙しそうだね」
俺はその隣に侍るように腰掛けた。
「文化祭の準備が、ね。で、今日はどうしたのかな?」
鈴音は微笑みながら、後輩二人の顔を交互に見比べた。
「えっと……あの……」
優子は言葉を詰まらせた。視線が彷徨っている。
「鈴ねぇ、生徒会長をやってみてどうだった? 何か変わった?」
助け舟を出すように問いかけた。
「こら、他に人がいるときは本条先輩、でしょ?」
微笑みを崩さないまま、鈴音が言った。
「本条先輩、生徒会長をやってみた感想をお願いします」
言い直した俺に、鈴音はよろしい、と笑って答えはじめた。
「そうだねぇ、責任感は強くなったかな。私の仕事次第で周りに影響が出るから。とは言っても、まだ数か月の経験しかないけどね」
鈴音は自らの言葉を茶化すように言った。
「本条先輩! 入学式でのスピーチ、とても感動しました」
話の筋を断つような突然の告白に、鈴音は笑った。
「ありがとう。でも、木崎さんの新入生代表挨拶も悪くなかったよ」
「そんな事、ないです……」
消え入るように呟いて、目を伏せる。
優子は新入生の代表として、入学式の壇上へ上がった。大きな失敗はなかったと思う。具体的には思い出せないが、無難な挨拶だったと記憶している。しかし、その後の生徒会長のスピーチが鮮烈で印象的だった。優子はそのトラウマをずっと引き摺っていた。
「本条先輩のスピーチは自らの言葉を美しく紡いでいました。心に響きました」
「そんなに褒められると、嬉しいよ。やって良かったと思う。でも、こういうのはコツがあってね。全員に向けての言葉って、どうしても曖昧で、無難な言葉になってしまうの。私の場合は、知り合いの後輩へ向けてのスピーチをしたつもり。まぁ、その後輩は入学式をブッチしていたわけだけど……」
鈴音の睨みが利いた瞳が俺を捉えている。俺は反射的に目を反らした。
「どうすれば本条先輩のように、堂々と自信をもって生きていけますか?」
言葉を切った鈴音に、優子が突然問いかけた。
「自信、ね……。私にも自信なんかないよ。正しいことなんてわからない。でも、正しい振りはしてる。そういう生徒会長を演じてる、つもり。演技っていうと大仰だけど、なりたい自分に近づくように、ね」
「なりたい自分に近づく……」
「人間って、だれも皆、怠け者だと思う。やらなくて済むことならしたくないし、後回しにする。でも、自分を成長させるためには、自らに枷を嵌める必要があると私は考えてるの。私にとっては生徒会長っていう仕事がその枷なんだと思う」
優子は染み入るように聞いていた。
「生徒会長の仕事は、やってみて大変か? 難しい?」
逡巡を続ける優子を傍目に俺は聞いた。
「難しくはないと思うよ。ちゃんと書類に目を通して、決済するだけだからね。意見は募れば出てくるから、その中から正しい手順で選びさえすれば問題ないよ。ただ、より良い結果を得るためには、よく聞いて、良く調べないといけない。それが大変、かな」
「木崎さんにもできるか?」
突然のキラーパスに優子が目を瞠った。
「あら、そういう事なの? できるできる! 私が保証するよ」
鈴音は笑顔満面で言った。
「いえ、まだ、やるとは……」
「私は、木崎さんが……、いや、優子ちゃんがやってくれると嬉しいな。今日話してみて、そう思った。真面目だし、なにより失敗する怖さを知っている。そういう人の方が、他人に優しく手を差し伸べられるものよ」
鈴音は優子のトラウマを見抜いていた。
優子は戸惑いながらも嬉しそうに聞いていた。
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