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すべてなくなっても記録だけは残る

25階。


――すべてなくなっても記録だけは残る。


静かな空間だった。壁一面、床から天井までびっしりと本棚だ。

迷宮の壁をすべて本棚に入れ替え、そしてその本棚に本を詰めたような。


「……おい、あれ」


硬い声でリーゼロッテが指差す。指差した先には本棚から本を手に取って読んでいるダレカの姿があった。

否。10階で見たダレカとは少し違う。ダレカはおぼろげな影だが、ダレカよりは幾分か輪郭がはっきりとしている。


それが本を手に取り、読んでいる。こちらには見向きもしない。

よくよく見てみれば本を立ち読みしている格好で止まっている。

ページをめくらず、ただ本を開いて文面を見つめているだけだ。


あれはおそらく無害だろう。

もし有害だとしたら司書が排除しているはずだ。

特に何かしている様子がないので放置しているのだろう。

だからおそらく浄化の必要はないはずだ。むしろあれが書架というシステムの一部であるなら、消してしまうのは逆にまずい。


「ここが……書架……」


人の人生とは物語のようである。以前そう司書が語っていた。

その人生(モノガタリ)の記録の集積場がここだ。


「フォル、後ろ」

「え? あっ!」


後ろから人が来ている。ぶつかりそうになって慌てて体を退く。

しかし、歩いて来ている男性はフォルを前にしても体を退く気配がない。

ところ狭しと本棚が並ぶ書架の通路は狭い。このままではぶつかってしまう。


「あれ……?」


ぶつかる。かと思ったのにすり抜けた。

するりと通り抜けていってしまった男性は、そのままふっと消えた。


「あれは……幻影?」


濃い魔力によって、その時の光景がその場に焼き付いた幻影。ネツァーラグが前に語っていたことを思い出した。

あれはいつかの日の幻影なのだろう。昴たちと同じく、25階にたどり着いた探索者の誰かだ。


「害はなさそうだな」


また同じ格好の男性が歩いてきた。歩き方も同じだ。

同じ幻影がまた再生されているのだろう。再びフォルをすり抜けて消えていく。

危ないものでもなさそうだし、放っておいていいだろう。


さて、ここでは真実が見られるという。

図書館の本と同じで、知りたいことを思い浮かべて開いてみればそこに浮かび上がるはずだ。


「じゃぁ……」


緊張した面持ちでフォルが本を手に取る。

まずは自分の記憶について。問いたいことを思い浮かべて本を開いた。


わたしが記憶喪失なのはなぜ? ――奪われたから。

誰に奪われたの? ――神に。

どうして? ――罰だから。

何の罰? ――神に逆らったから。


「これって……」


浮かび上がった文章を目で追って、頭で理解した途端に唇が震えた。

神に逆らって罰を受けた。どこかで聞いた話じゃないか。

そう。塔の巫女は神に逆らって罰を受けたという。


「まさか……」


震える手で紙面を撫でる。

わたしはいったい誰ですか。疑問と疑念と、そして恐怖が浮かぶ。

震えた指が撫でた紙面にゆっくりと文字が浮かぶ。


『――汝は、ヒトに堕ちた塔の巫女である』


***


真実を閉ざす図書館で蛇と帰還者は密談する。


「あの子がついに書架に着いたんだって?」

「えぇ」


ヴェルダの肯定にネツァーラグは口笛を吹いた。

『今週』はずいぶん長かった。だいたい、前半が冗長すぎたのだ。もう少し前置きを切り詰めればもっと早くにネタばらしができたものを。

おかげですっかりと待ちくたびれてしまった。そのくせもうネツァーラグに役割はないのだ。

記憶がなく自覚もない巫女の前に現れて、意味深なことを言って真実の断片を教えるだけ。

もう巫女が真実を手にした以上、ネツァーラグにやるべきことはない。あとは言語崩壊を起こしながら神と巫女と世界を嗤うだけだ。


「役目が終わったのに舞台から下ろしてくれないというのは、まったく神というものは■■じゃないか」

「公言すると神の不興を買うわよ」

「結構。もう僕は呪われているから。いまさらひとつふたつ増えたところで何の問題もないね」


だから堂々と罵ってやる。神などと名乗ってこの世界(箱庭)を作ったモノを侮辱する。

だが巫女のように記憶も権能も奪われてヒトに堕ちるのはごめんだ。神を罵るのはこのくらいにしておこう。


「可哀想に」


今頃あの娘は答え合わせをしているだろう。

すべての真実が眠る書架ですべての真実を知る。


かつて、巫女は役割に沿って働いていた。

しかしいつだかの『週』で探索者に感情移入してしまった。

その結果、頂上で行うべき役目を放棄した。

神はそれを怒り、巫女の記憶と権能を奪ってヒトに堕とした。

それが巫女の罪。


探索者として活動し、そしていつか真実(役割)を知ること。

そして頂上で、いつだかの週に放棄した役目を完遂すること。

途中で挫折することがあれば『全消去』で作り直す。

それが巫女の罰。


「しかし、罰になっていないのは滑稽じゃないかい?」


罰には苦痛が伴うものだ。神が定めた苦痛とは無数のやり直しではなく、神に通ずる力を奪われたことなのだ。

神に並ぶ権能を奪われることが苦痛と思っている神はなんて傲慢なのだろう。


「苦痛を受けるわ、そのうち」


精霊たちがあれほど甘いのも、彼女が巫女だからではない。

『さっさと役目を果たしてほしいから』先に進むように促しているのだ。

邪魔な障害は精霊の権能で取り除く。 5階から7階の謎解きもわかりやすいヒントをばらまき、8階の鍵探しはすぐに鍵が見つかるようにした。

9階はさすがに予想外だったが、10階ではダレカと距離を取りやすいよう迷宮の構造を少しばかり変えた。

ここまでほとんど他の探索者と出会っていないのもそうだ。必要最低限の導き役だけ用意した。

あとの有象無象は出会わないようにうまく隔離して切り離し、障害物を取り除いた。


あのやたら巫女になついている氷の精霊だってそう。

ルッカという美味しい餌を手元から離したくないから見張っているのだというのは表向き。

本音は早々に役割を終えてほしいからお節介を焼いているのだ。


それもすべて彼女の浄罪のため。

巫女が頂上で本来の役目をこなさない限り、この繰り返しは永遠に続くから。

繰り返した作業など、無駄を省いて効率的に行いたいではないか。

だめならさっさと見切りをつけて『次』に切り替える。

もう何度も繰り返しているから『今週』ひとつ増えたって大して変わらない。


「さぁて、『今週』の■度目のチャレンジ、うまくできるといいなぁ」

「できてもできなくても『全消去』に変わりはないのだけれどね」


うまくできなければやり直し、役目を完遂すれば罪が精算されて巫女は本来の権能を取り戻し世界のシステムは正常化する。

結局のところ、違いは周回の終わりがどうなるかなのだ。終末はいつだって『全消去』だ。


だからヒトに堕ちた巫女の名は呪いを意味する。


――フォルバネルセ(呪い)と。


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